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こういうエントリを読むような方は「三国志にはフィクションである三国志演義と陳寿の書いた正史である三国志が存在して……」などという話はとっくにご存知だと思いますのでそのへんは省略します。
書棚を見たら今まで読んだ三国志本が結構溜まっていたので、史実の三国志について知ることのできる本をこの際まとめて紹介してみようと思います。
1.金文京『三国志の世界』
12冊も読んでられないから1冊だけにしてくれ、と言われたら自分はこれを選びます。
講談社の「中国の歴史」シリーズの1冊ですが、内容は非常に読みやすく、史実の三国志とフィクションとしての三国志演義の違いについて丁寧に説明してくれます。
董卓と袁紹を盟主とする反董卓連合軍の戦いは悪と正義の戦いなどではなく関西軍閥勢力と関東諸侯との争い、天下三分の計の実現に大きな役割を果たしたのは魯粛である、劉備の蜀政権は地元の名士からは歓迎されていなかった、などの指摘は小説としての三国志しか知らない方には目から鱗ではないかと思います。
三国時代の文化や邪馬台国についても一章が割かれているので、三国時代の実相を知りたい方には最初におすすめしたい1冊です。
2.渡辺義浩『三国志』演義から正史、そして史実へ
三国志という時代は、「名士」という存在を抜きにして考えることはできません。
本書では儒教の教養を持ち中国全土にネットワークを張り巡らせている「名士」の存在が三国時代を分析する鍵であるとして、三国志の実態に迫っていきます。
一般的には暴虐無道の君主であったとされる董卓ですら「名士」の蔡邕を登用しているし、劉備は「名士」である陳羣のアドバイスを受け入れなかったために呂布に徐州を奪われてしまいます。
名士の影響力とはとても大きなもので、蜀の重鎮である張飛ですら蜀の名士である劉巴のもとを訪れても「兵隊野郎」などと言われて口すらきいてもらえない状態でした。
しかし、なら「名士」と言うことをただ聞けばいいかというとそう簡単なものではなく、本書では袁紹は名士の言うことを聞きすぎたために君主権力を確立できず、曹操に敗れ去ったと分析されています。
かといって名士を全く登用しなかった公孫瓚は、名士の持つ情報網を活用できなかったためにこちらも滅びています。
結局、曹操のように名士を活用しつつ、かつこれとせめぎ合った君主だけが生き残ることになったというのが著者の分析です。
この名士論には異論もあるでしょうが、三国時代を見る一つの興味深い視点を提供してくれるものです。
3.石井仁『魏の武帝 曹操』
曹操が主人公なのでまずは曹操ファンにおすすめしたい一冊なのですが、本書の価値は何と言っても霊帝を改革者として高評価しているという点にあります。
横山光輝の漫画では「霊帝は盲帝であった」と言われ、ただ宦官に振り回されるだけの哀れな一生を送った皇帝と見られがちですが、本書では聡明で覇気にあふれる人物だったと評価されています。
この霊帝が採用したのが、牧伯制という軍事制度です。
これは州単位の広域行政ブロックを作って、州を治める牧に将軍も兼任させることで頻発する反乱に対処することができるようにしたというものですが、牧の権力が強大となったため結果としては群雄割拠を促す結果となってしまいました。
ある意味、霊帝は三国時代の幕を開けた人物といえるのかもしれません。
本書ではこの霊帝の軍事制度を曹操も引き継いでいるとしています。
政治責任とは結果責任なので、統治に失敗したなら結局霊帝はダメな人ではないのか?という評価もあるでしょう。
ただ、霊帝がこのような改革を実施した以上、後漢末の混乱をどうにか鎮めようとしていたことは事実です。ただの無気力な人物ではありません。
どんな人物でも多角的な視点から評価していくことが、歴史を考える上では大事です。
曹操と霊帝ファン(いるのか?)に強くおすすめしたい1冊です。
4.満田剛『三国志 正史と小説の狭間』
情報量が多く、かなりおすすめの一冊なのですが残念ながら絶版。
後漢~三国時代~普の統一までを時系列順に追い、著者の見解を付け加えつつ解説していくのですがこの解説部分が他の本ではあまり知ることのできないものが多く、「黄巾の乱はただの農民反乱ではなくクーデターだった」「陶謙は袁紹とは別の反董卓同盟を結成していた」「劉表は交州の支配を狙って動いており、ただの消極的な人物ではなかった」「諸葛亮の南征は西南シルクロードの確保を狙っていた」などの興味深い情報を得ることができます。
後漢末の機構や貨幣経済の状況も解説してあり、今までにない角度から三国志について知ることができます。三国志全体を俯瞰する内容なので、金文京『三国志の世界』に次いで強く推薦します。
史実の「三国志」がどのように展開していったのかはこの本が一番わかりやすいと思います。
後漢末期から始まって普の統一まで満遍なくカバーし、思想についても1巻分が割かれています。
問題はこれがもう古書でしか見つからないという事。
根気よく古書店を回ればかなり安く手に入るかもしれません。
6.坂口和澄『もう一つの「三国志」異民族との戦い』
これは個人的に非常におすすめの本です。
三国志と言っても、魏呉蜀だけがこの時代のプレイヤーだったわけではありません。
この3国の周囲には常に異民族が存在し、時に三国と争い、時に協力関係を取り付けて、三国の争いに重要な役割を果たしていたのです。
実際、史書で呉の歴史を読んでいると、呉の主な武将はほとんどが山越という南方の異民族の討伐を行っていることがわかります。
呉があまり魏に対して積極的な攻勢に出られなかったのは、単に孫権の性格のせいだけでなく、山越対策に兵を割かなければいけなかったからという事情もあります。
諸葛亮も南蛮征伐のために兵を出しているし、呉は蜀を背後から脅かすために異民族を味方につけようとしています。
異民族が脅威であることは魏にとっても同じで、郭嘉も異民族対策のための策を立てて活躍しているし、曹彰も将軍として烏桓を討伐しています。
これらの異民族は単に三国と敵対しているわけではなく、ときに兵士として三国の軍隊に組み込まれることもあります。
この時代、三国はどこも人口不足に悩まされていたため、勇敢な異民族は兵士の補充先として重宝されていたのです。
こうした今までにない視点から三国志に光を当てるという意味で、本書は貴重な一冊となっています。
7.三国志軍事ガイド
表紙イラストのひどさには目をつぶりましょう。
これは貴重な三国時代の兵法や軍事制度・戦いの実態を解説した本です。
これ1冊で、三国志の主要な戦いから城の構造、布陣の様子や戦場における情報伝達・物資の輸送方法まで把握することができます。
実は正史の『三国志』の記述はかなり簡素で、どの戦いも詳しい描写はありません。
本書では少ない情報の中から、できるだけ当時の戦争の様子を詳しく復元しています。
武器や防具もイラスト付きで詳しく解説されているので、三国志の軍事面について知りたい方には特におすすめの1冊です。
8.渡邉義浩『魏志倭人伝の謎を解く』
みんな大好き?な邪馬台国論争を三国志の視点から解説する一冊。
邪馬台国と言えばまずは倭人伝なのですが、この倭人伝をどう読むべきなのか?ということを、著者は豊富な東洋史の知識を駆使して教えてくれます。
本書を読む限り、倭人伝には当時の政治的事情が反映されているため、これをそのまま読んでも邪馬台国の位置はとうてい解るものではないということが示されます。
今はプロの学者は皆考古学の成果を無視して邪馬台国を語ることはできないと考えているようなのですが、東洋史の視点から見ても倭人伝だけ読んで邪馬台国を語るのは難しいようです。
本書で語られる邪馬台国の位置が本当に正しいのか?はわかりませんが、倭人伝の読み方については本書の指摘はかなり重要なものであると思います。
少し古い本ですが、三国時代の世相や社会構造について知ることができます。
三国時代だけを扱った本ではないですが、三国志を知ればその後の時代にも興味が向くかもしれないので、普が天下を統一したその後についても知ることのできる本書を選んでみました。
実は三国志というのはその後長く続く中国の分裂時代の幕開けに過ぎず、普の統一もほんの儚いものに過ぎません。
かつて中国史の世界では三国時代が中国における「中世」の始まりではないかという議論がありましたが、確かにそう言いたくなるほどに三国時代以降の中国では大混乱が続いています。
その混乱を引き起こした要因として「五胡」の侵入があげられるわけですが、これはローマ史におけるゲルマン民族の大移動にも比較されるもので、そうした洋の東西における共通性についても本書は指摘しています。
三国時代をより俯瞰して眺めてみたい方におすすめです。
10.渡邉義浩『「三国志」軍師34選』
タイトルだけ見るとミーハーな感じがしますが、中身はかなり真面目な本です。
渡邉さんの本なので、軍師というよりは「名士論」の本として読むのが正しいのかもしれません。
取り上げられている人物には荀彧や郭嘉のような文字通りの軍師から孔融や阮籍のようなこれは軍師なのか?と言った人物まで含まれていますが、出て来る人物はすべて知力を活かして活躍した人物です。
これだけ多くの人材が輩出しているのも、魏呉蜀が戦争を繰り広げていて、各政権が優れた人物を必要としていたからなのでしょう。
この時代だからこそ世に出られた人物というのも数多くいたはずです。
「人」を通じて三国志を理解したい方におすすめです。
11.渡邉義浩『呉から明かされたもう一つの三国志』
物語ではどうしても脇役に甘んじがちな呉の通史。
それほど目新しい情報はありませんが、呉をクローズアップした本があまりないので、孫堅の時代から呉の滅亡までを一通り学べる本書は呉ファンにとっては貴重なものです。
呉の武将のエピソードは実際にあったものも多く、孫策と太史慈との一騎打ちも史書には記録されています。
呉を悩ませた異民族である山越のこともきちんと書かれているし、呉と邪馬台国との関係についても触れられています。
個人的には孫策が陸康(陸遜の一族)を攻めて陸一族を壊滅させていた黒歴史にも触れている点を高評価したい。
後継者問題で揉めて衰亡の一途をたどる呉の様子を眺めるのは寂しい限り。
これに比べれば、在位期間が長かった劉禅の統治はは案外悪くなかったのか?
そんなことを思ってしまうくらい、無常観に溢れる呉の末期の姿までを知ることができます。
12.世界古典文学全集 三国志
三国志の「正史」となる史書。
史実の三国志を知りたければ、やはり正史は避けては通れません。
陳寿の『三国志』はちくま文庫からも出ていますが、こちらは3冊で正史をすべて把握できるのでおすすめです。
もう古本しかないと思いますが、図書館になら置いていると思います。
これをいきなり読むのは少々辛いので、まずは金文京『三国志の世界』などを先に読んでおくことをおすすめします。
基本的な部分を把握したら、気になる人物の列伝を読んでいくと意外な史実を発見できたりします。
個人的なおすすめは3冊目の呉書です。孫堅や孫策の活躍は史実でも物語で語られているものと近いので、割と入っていきやすいのではないかと思います。