明晰夢工房

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ノベルゲームに感じる「怖さ」

NHKBSプレミアムの「英雄たちの選択」が好きでよく見ています。

後世の人間が歴史上の人物の心中を想像して「あの時こうしていれば、時代はどう変わっていたのか」を想像するのは楽しいものです。ただそれはあくまで他人事だから楽しい、というのはあるわけで、自分自身の行動について「あの時こういう選択ができなかったの?」と問い詰められたら、心中穏やかではいられないでしょう。

 

Steins;Gate(通常版)

Steins;Gate(通常版)

 

 ノベルゲームをプレイしていると、時々怖くなることがあります。例えばシュタインズ・ゲートにはショッキングな場面が結構あるわけですけど、ここでいう怖さとは物語上のものではなくて、「今の人生はもしかして、バッドルートに入っているのではないか?」という怖さ。

ノベルゲームの主人公はゲームを進める上で、いくつかの選択を迫られます。そしてその選択によって物語の結末が変わり、別のエンディングを迎える。自分の選択しだいで未来を変えることができるのがこの種のゲームの醍醐味です。

これを自分の人生に置き換えると、今の自分の人生が過去の選択の結果であって、過去にどこかで分岐する箇所があったはずだ、ということになります。そして過去に別の選択肢を選んでいれば、今よりもいい人生を歩んでいる可能性もある。そしてそちら実はがトゥルーエンドだったりするかもしれない。

シュタインズゲートならタイムリープして過去をやり直せば良くても、この人生はやり直しが効かない。というか、そもそもどこで間違ったのかも明らかではない。別のルートに入ったところで、それが今よりいい人生であるとも限らない。

2拓でも3拓でもいいですが、ものすごく重大な選択を迫られて、あああの時点でルートが分岐したんだな、とはっきりわかるような場面が過去にある人って、どれくらいいるんでしょうか。私は進学する大学で迷ったことがないし、最初の就職もそこしか入れるところがなかったから入っただけで、あまり「ルート分岐」を意識できるようなポイントが過去の人生にありません。今思えばもっといろいろなことができたはずだとは思うけれどもそれはただの後知恵で、過去のその時点で選択肢がいくつか脳内に浮かんだ、という経験があまりない。だから実感としてはこれ一本道RPGだよな、と思ってるわけですが、ノベルゲームをプレイしていると「いやそれはお前さんの思い込みで、本当はもっと他の選択肢もあったんだよ」みたいに思えてくる。お前の人生は本当にベストだったのか?と問われているような怖さがあるわけです。

とはいえ、現実の人生はやはりゲームではないし、仮に過去のどこかでルートが分岐しているのだとしても、それでも自分なりに今のルートを受け入れつつ生きていくしかないわけです。あんまりモヤモヤしながら終わるのはよろしくないので、好きな言葉をいくつか引用しておきます。

「あぶないあぶない。自分がこうしていれば事態を変えることができた、と思いこむのは自己過信というべきではないか 」(ヤン・ウェンリー

「人は様々な可能性を抱いてこの世に生まれて来る。彼は科学者にもなれたろう、軍人にもなれたろう、小説家にもなれたろう、然し彼は彼以外のものにはなれなかった。これは驚く可き事実である。」(小林秀雄