明晰夢工房

主に自分語りです。

映画「イエスマン」と自己啓発と渋谷凛

suzukidesu23.hateblo.jp

今日はこちらを読んだ雑感などを。

(映画のネタバレを含むので「続きを読む」記法で行きます)

 

 

 好きなことを書き続ける人は格好いい。その通りだと思います。対立を煽ったり嫌いなものをあげつらったりするよりずっといい。読んでいる方も気持ちよくなれるし書いている方も恨みを買わなくていいメリットもある。皆が幸せになれるならそれに越したことはないのです。

でも、「好きなことを書けばいい」が好感を得るためのひとつの様式美のようなものになると、今度は「好きを貫いている自分」を装う人も出てくる。記事中で指摘されている通り、ある種の自己啓発にはまっている人にも共通する姿勢です。ポジティブなのはいい。でも常に前向きであろうとしすぎることで、どこか胡散臭さが出てきてしまう。

 

イエスマン “YES”は人生のパスワード 特別版 [DVD]

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 このあたりの事を考えるときいつも思い出すのが、ジム・キャリー主演の「イエスマン」という映画です。この映画ではネガティブ思考の塊だった銀行員の主人公がある自己啓発セミナーに参加し、そのセミナーの講師から「どんなことにもイエスで答えろ」と言われます。そしてセミナー会場を出た直後にホームレスに車に乗せてくれと言われ、その頼みを引き受けたことから人生が大きく好転していきます。

その流れで主人公はズーイー・デシャネル演じる恋人とも出会うことになるのですが、主人公はあるきかっけで恋人に自己啓発セミナーの影響で何にでもイエスと言っていることがバレてしまいます。主人公は恋人に一緒に暮らそうと言われ、その申し出にもやはりイエスと答えているのですが、彼は恋人に

「あなたのイエスが本当の気持ちなのか、セミナーの影響なのかがわからない」

と言われてしまうのです。

人は基本ポジティブな人が好きだし、だからこそ主人公は恋人ができたのだけど、装われたポジティブさは結局彼女を傷つけることになってしまった。

このあと紆余曲折あって結局主人公はハッピーエンドを迎えるのですが、ポジティブな仮面をかぶることのデメリットについては考えさせられるところです。

誰かの本に書いてあったのか、どんなことにもありがとうと言うことをモットーにしている人を見たことがあります。どんなに怒られてもとにかくありがとうbotに徹し続けるその姿はある意味凄いのですが、自分に鞭打ってそうしているという感じで、正直見ているのがしんどいという印象がありました。ポジティブな人とポジティブを装っている人の違いを、周囲は敏感に察知してしまうもののようです。

 

THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 001 渋谷凛

THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 001 渋谷凛

 

 以前から、渋谷凛というキャラはなぜ人気があるんだろう、とよく考えていました。もちろんルックス的な面は大きいでしょうが、彼女の特徴である「愛想がない」というのは普通ならアイマス要素、いやマイナス要素なのですが、彼女はそういう面も含めて人気があります。これは何故なのか。

これは端的に言って、「嘘がない」からだと思います。普段愛想がない凛が時に笑顔を見せたり気を使ったりするのは本心からそうしているのだろうし、そこには自分を良く見せようという計算がない。普段とのギャップ萌えも発生するので破壊力は抜群です。

なので、結局大事なことは自然体であること、ではないでしょうか。渋谷凛は愛想がなくていいし、島村卯月はいつも笑顔で、それが自然だからやはりそれがいい。じゃあ17歳ではないのに17歳を装っている阿部奈々はこの話的にはダメなのかというともちろんそうではなく、17歳でありたいと願うのはまさに彼女の偽りのない本心なので、あれはあれでいいのです。

シンデレラガールズのアイドル達が輝いているのは、どこまでも自分自身であり続けているから、なのだと思います。(結局これが言いたかったのか)