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『ローマ人の物語』は史実ではない、なら何を読めばいいのか?

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togetter.com

司馬遼太郎塩野七生の著作はあくまで「文芸作品」なのだからそれを本当の歴史と混同されては困る、という指摘を最近いくつか見かけました。国家の選良がそんなものを座右の書とするようでは困る、というツイートも。

 

実を言うと僕自身は、司馬作品ははともかく、『ローマ人の物語』は文芸作品として読んでいたわけではなく、かなり本人の主観は混じっているとしても間違いなくあれこそが「ローマの歴史」なのだと思って読んでいました。確かにカエサルに対しては贔屓の引き倒しが過ぎるところがあるし、ローマの悪い部分はあまり書いていないのだろうな、とはなんとなく思っていましたが、それでもこれは「歴史書」なのだろうと思って読んでいたのです。何しろ図書館に行けば小説ではなく「歴史」の棚に置いてあるし、装丁も立派で塩野さん自身しばしばマスコミにコメントを求められる文化人扱いなので。

 

 

そんな僕が『ローマ人の物語』には創作も混じっているということを知ったのはこの本を読んだ時です。著者の本村さんはローマ史家ですが、ハンニバルがローマ軍を完膚なきまでに叩いたカンネーの戦いについてこう書いています。

 

明確な証拠はありませんが、スキピオカンナエの戦いに参加し、かろうじて生き残った者の一人だったのではないかと考えられています。彼がカンナエの戦いに参加していたとすると、まだ20歳くらいですから、一兵卒でしょう

 これは『ローマ人の物語』の中ではハンニバル戦記に相当する部分ですが、そちらの方ではスキピオカンネーの戦いに参加して生き残ったことは事実であるかのように書かれています。一兵卒に過ぎなかったローマの青年が天才将軍の戦術を学びながら成長し、やがてザマの戦いにおいてハンニバルを打ち破るに至る展開は確かに胸躍るものがあります。しかし、実はスキピオカンネーの戦いに参加していたかどうかは明確な証拠がない、というのです。やはり『ローマ人の物語』は「物語」である部分もある、ということです。

物語として読む分には『ローマ人の物語』は大変面白いものなのですが、これをそのままローマ史として受け取ってしまうのにはどうやら問題もあるようです。しかし、ではローマ史の本としては何を読めばいいのか?ということになると、なかなかこれというものを思いつかないのも確かです。何しろ『ローマ人の物語』は分量も知名度も圧倒的です。とはいえ、ローマ史というのは実に深い鉱脈なので探していけば良い本も少なくありません。ここでは、今まで読んできたローマ史のものの中で信頼の置けそうなものをいくつか紹介したいと思います。

 

 はじめて読む人のローマ史1200年

 先程も紹介しましたが、タイトル通りローマ史を初めて読むにはこれが一番読みやすいと思います。著者がローマ史の専門家なので内容は正確ですし、文章も読みやすく伝説の時代から王政・共和制を経て帝政にいたりローマ帝国の滅亡までを一通りカバーする内容となっています。ただし、本書が重きを置いているのは共和制時代で、名誉を重んじ国防意識の高い市民がたくさん存在していた「共和制軍国主義」がローマが大国にのし上がった原因だと分析しています。

 新・ローマ帝国衰亡史

新・ローマ帝国衰亡史 (岩波新書)

新・ローマ帝国衰亡史 (岩波新書)

 

 『ローマ五賢帝』が有名な南川さんですが、あえてこちらを推す理由は、第1章を読むとローマという国家の仕組みがとてもよくわかるようになっているからです。一般的には「地中海帝国」というイメージの強いローマ帝国ですが、著者は辺境にこそローマ帝国の実像がよく見えるとして1章の「大河と森のローマ帝国」においてローマの辺境地帯とは国境など存在しない外に開かれた地域で、異民族でも軍隊経験など一定の義務を果たせばローマ市民権を取得でき、結果として「ローマ人」になることができるというローマ帝国のシステムについて描写します。「ローマ人」と「蛮族」に明確な区別など存在せず、ローマの外部の人間をローマ人として取り込んでいくことがローマの強みであったことがよくわかります。

 

 カエサルガリア戦記』歴史を刻む剣とペン

カエサル『ガリア戦記』―歴史を刻む剣とペン (書物誕生―あたらしい古典入門)

カエサル『ガリア戦記』―歴史を刻む剣とペン (書物誕生―あたらしい古典入門)

 

カエサルという人は一流の政治家であり軍人であると同時に、第一級の文人でもあります。その才能が存分に生かされているのが『ガリア戦記』です。この作品は小林秀雄が絶賛していることからもわかるとおり一流の文学作品であり歴史叙述でもあるわけですが、それと同時にこれはカエサルのための政治宣伝文書である、ということを解説してくれているのが本書です。 莫大な借金を背負っていたカエサルヒスパニア総督を1年勤めて帰還する頃には既に金持ちになっていたように、属州総督の利権というのはものすごいものでしたが、カエサルが新たな利益のために欲したのがガリアの地です。カエサルのガリア遠征のきっかけとなったのはヘルウェーティイー族の移住ですが、この移住の真因はゲルマン人に圧迫されたからであったにも関わらず、カエサルはヘルウェーティイー族が自分たちの武勇に見合う土地を求めたからだと記しています。これはそのように武勇に優れた相手を打ち倒すことによって勝利をより輝かしいものにする意図があったからだと著者は指摘します。ローマの「英雄」カエサルはプロパガンダの達人でもあったことがよくわかります。綺麗事では済まない偉人の一側面を垣間見ることのできる一冊です。

人皇帝のローマ 変貌する元老院と帝国の衰亡

軍人皇帝のローマ 変貌する元老院と帝国の衰亡 (講談社選書メチエ)

軍人皇帝のローマ 変貌する元老院と帝国の衰亡 (講談社選書メチエ)

 

 短期間に多くの皇帝が乱立した未曾有の混乱時代であった軍人皇帝時代についてわかりやすく解説しています。この時代だけを扱った書物というだけでも貴重ですが、特にこの本をおすすめしたいのは、ヴァレリアヌス帝の功績について書かれているからです。一般的にはササン朝のシャプール1世に捕虜にされたくらいしか知られていないヴァレリアヌス帝ですが、実は彼は内政においては帝国を東西に分けてディオクレティアヌスのテトラルキア(四分統治)の先駆けをなし、軍事面では中央機動軍を創設して皇帝直属の軍隊を強化を行い、騎兵部隊も大幅に増強するなどの改革を行った有能な人物でした。そもそも軍人皇帝時代とはローマが軍事的に弱体であったために内政の混乱を引き起こしたために続いたというのが著者の見解なのですが、この事態に果敢に立ち向かったのがヴァレリアヌス帝でした。ヴァレリアヌス帝の名誉回復のために強くお勧めしたい1冊です。

 

 古代ローマ帝国1万5000キロの旅

古代ローマ帝国1万5000キロの旅

古代ローマ帝国1万5000キロの旅

 

 セステルティウス通貨とともにローマ帝国の各地方を巡り、社会風俗を描いていくという面白い趣向の本。属州ごとの特色がよく描かれていて、冒頭で訪れるロンドン(ロンディニウム)ではケルト人の住民の方が多く周囲では原住民が刺青をして祭りをしている様子が描かれるなどフロンティアの様子が良く伝わってきます。北アフリカの内陸部に建設された都市タムガディでは、建設後50年経つと地元住民のヌミディア人がテルマエに入るのを楽しみにするようになるなど、ローマ人が周辺地域をローマ化していく様子には圧倒されます。ライン川付近でのゲルマン人との戦いの様子や、スペインでの金採掘の様子など描かれているローマの内実は実に多彩で、創作にも役立ちそうな内容です。

 

本当はまだまだ紹介したい本がたくさんあるのですが、5冊分書いたら力尽きたので今回はここまでにしておきます。しかしこうして見ると、ローマ史の良書はたくさん存在しているものの、『ローマ人の物語』を上回るほどの存在感を持つほどのローマ本はなかなか見当たらない、というのも事実なのですね。冒頭でも書いたように図書館などでは『ローマ人の物語』は歴史書という扱いなので、これがそのように読まれるということもある程度は仕方がない気もします。そういう現状はよろしくないというのであれば、やはり塩野氏の著作以外のローマ史の良本を挙げていくのがいいのではないでしょうか。塩野氏の著作を歴史として読むなという方達はどのような本がいいと思っているのか、自分としても知りたいところです。