読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

明晰夢工房

主に自分語りです。

又兵衛は信繁に出丸建設の邪魔をされた?福田千鶴『後藤又兵衛』

真田丸が来週からいよいよ大阪編に突入するようなので、予習として福田千鶴後藤又兵衛』を読んでみました。

 

 出奔の理由はわからない

後藤氏の出自や又兵衛の若い頃の話はそれほど興味がなく、本書でも詳しくは触れられていないので飛ばしますが、一番知りたかった又兵衛が黒田家を出奔した理由は結局本書を読んでもわかりませんでした。実際に分かっていないので書きようがないのでしょう。ただしこの件については最終章で著者の見解が示されています。黒田二十四騎の一人に数えられるほど又兵衛が黒田家中でも重要な存在であったことは間違いなく、その又兵衛が出奔してしまったことは黒田長政には絶対に許せないことだったようで、その思いは長政にある行動をとらせることになります。

黒田長政の又兵衛暗殺計画

その行動とは後藤又兵衛の暗殺です。明石全登大阪城に入ったことを知った長政は、明石全登と交友のある池勝信に又兵衛の暗殺を命じます。長政は右腕として重用していたのに出奔した又兵衛を絶対に許せなかったのです。勝信が入城する前に大阪城が落城してしまったため、結局この計画は失敗しました。

最初は「大阪三人衆」だった

大阪牢人の中では、真田信繁毛利勝永長宗我部盛親の三人が大名の息子であるということで「三人衆」として重用されていたそうです。真田丸では信繁が「私には場数が足りません」と言っているとおり、実戦経験では信繁より又兵衛の方がよほど多いのですが、元は黒田家の陪臣に過ぎないということで信繁ほどの重みがなかったようです。大野治長は三人衆の中に後藤又兵衛明石全登を加えたいと思っていましたが、二人共大名の子ではないので最初は実現しませんでした。

真田信繁が又兵衛の出丸建設の邪魔をした?

本書では、もともと後藤又兵衛大阪城の外に出丸を築こうとしていたのに、信繁が勝手に材木などを運び出して真田丸の建設を始めたとあります。憤慨した又兵衛は薄田兼相に相談したため寄合いが開かれることになり、結局又兵衛と明石全登が三人衆に加えられ五人衆となることで決着を見たというのですが、本当なのでしょうか。これが事実なら、信繁が又兵衛の功績を横取りしたということになってしまいそうなのですが……信繁関連の本ではこの記述は見たことがないので、一応保留ということにしておきます。

秀頼になら命を預けられる

その後の又兵衛の活躍についてはあちこちで書かれていることなのでここでは繰り返しませんが、印象に残っているのは最終章で著者が又兵衛が黒田家を出奔した理由について推測していることです。

これを翻ってみれば、又兵衛は主君長政に一命を預けられない、と考えたのではないだろうか。なぜなら、長政は器量のある戦国武将――預かった命を見捨てない――から、処世術にたけた近世大名――黒田家存のためなら家臣の命をも見捨てる――へと、自己のあり方を変えようとしていた。それを大きく促したのは、天下泰平、徳川の世への移り変わりである。世の中は移り変わるものとはいえ、そのような変化は又兵衛にとっては軽薄そのものにみえた

中世人として戦場で命を散らせることを夢とする又兵衛にとって、徳川に気を遣い生き残ることに汲々とする長政の態度は耐えられなかったというのです。長政のしたことは黒田家を存続させるためには仕方が無かったことでしょうが、それがどうしても又兵衛には受け入れられなかった。そんな長政よりも、徳川と真っ向から戦う道を選んだ秀頼の方が君主としての器量に優れていると又兵衛は判断したのかもしれません。