明晰夢工房

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なぜ、成功本を読んでも成功できないのか?新田亮介『成功本はムチャを言う!?』

最近の自己啓発界のスターって誰なのでしょうか。数年前までは勝間和代さんがそのポジションにいたと思いますが、最近はあまりこれという人が思い浮かびません。単に僕があまりその手の本を読まないこともあるんでしょうが、自分磨きに余念のないビジネスマン以外にも知られているほどのスターは、今はこの世界にはいないようにも思える。

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それでも、書店を巡れば今でも成功本は次から次へと出版され続けています。それらの多くは一時期は読者を奮起させたとしてもその熱病はいずれは醒め、1年も経たないうちにブックオフに売られてしまう。百円本の棚はさながら成功本の墓場です。これほどに成功本の寿命が短いのは、結局そうした本を読んでも成功できないからでしょう。自分を成功に導いた大事な本を手放すわけがないのですから。

 

成功するノウハウを書いた本を読んでいるのに、なぜ成功できないのか。それは結局実践が足りないからだ、という声はよく聞きます。その手の本を買うような人は楽して成功したくて成功本に手を伸ばすのに、結局どの本にも地道に努力することが大事だといったことが書いてあるから、落胆して実行しないのだと。

成功本はムチャを言う!? (青春新書インテリジェンス)

成功本はムチャを言う!? (青春新書インテリジェンス)

 

皮肉な人から見ればこれこそが真実だと思えるかもしれません。しかし『成功本はムチャを言う?!』の著者である新田亮介さんは、心理カウンセラーとして多くのクライアントの悩みに向きってきた経験から、それは決して正しくないと言います。成功本を読むような人は概ね真面目で、本の内容には真剣に取り組む。それでも何故か挫折してしまう人が多い。それはなぜなのかいうことが本書ではじっくりと解説されています。

多くの成功本は、読者の性格に合っていない

著者によると、人間には「四つの性格傾向」があるそうです。それは以下の4つです。

・目標達成的傾向……行動を重視する人

・親和的傾向……調和することを重視する人

・献身的傾向……愛し愛されることを重視する人

・評価的傾向……考えることを重視する人

この4つの傾向はそれぞれどの要素も人は持ち合わせていますが、どの要素が強いかでその人の性格が決まります。この中でも、特に目標達成的傾向の高い人が成功本の著者には多いそうです。

 

目標達成的傾向の高い人とは、困難な目標を立て、それをクリアしていくことに生きがいを感じるタイプです。上昇志向が強く、ビジネスを大きくしていくことが楽しいという人が多い。まさに成功こそが人生というのがこのタイプの人達です。ですが、新田さんによるとこの目標達成的傾向の人というのは、日本人には10人に1人くらいしかいないそうです。これではとても多数派とは言えません。成功本を書くような価値観の持ち主は日本ではマイノリティなのです。

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「英雄たちの選択」によく出演している中野信子さんが、よく「日本人は新奇探索性が低い」ということを主張しています。これは日本人の遺伝的傾向だそうです。つまり新しいことに挑戦するのが苦手。成功本の著者には欧米人も多いですが、おそらく日本人には少ない「新奇探索性」が強い人もかなり混じっていることでしょう。新奇探索性の高い人は、目標達成的傾向の人とかなり重なりそうです。そういう人の書いた本なら、多くの日本人には合わないということになります。

目標達成的傾向でない成功者もいる

ただし、すべての成功者が目標達成的傾向の性格の人だというわけではありません。どの傾向の人にも成功者はいます。ただ、成功本の著者には目標達成的傾向の人が多いのです。自己アピールの強い人が多く、成功本を売ることも目標に入っているからかもしれません。何しろ、高い目標をクリアすることに快感を感じるのがこのタイプですから、起業には向いているのです。

 

では、目標達成的傾向でない人はどうすればいいのか。著者によると、性格傾向別にモチベーションを掻き立てる方法が違っているそうです。自分が目標達成的傾向でないのなら、目標達成的傾向の著者の書いたアプローチではうまくいきません。本書には性格傾向別に、どうやってモチベーションを高めればいいかが簡潔にまとめてあります。自分の性格傾向を知る方法についても書かれているので、従来の成功本がどうしてもしっくりこない方は、一度目を通してみるといいかもしれません。

身の丈に合わない成功を求める愚かさ

本のタイトルは忘れましたが、若い頃に作家として成功するにはどうすればいいのかを現役作家にインタビューした本を読んだことがあります。そのインタビュー集の中で、「俺は印税でたくさん儲けて、外車を転がして隣に美女を乗せるんだという強い気持ちが必要」と答えている人がいました。僕は当時このインタビューを読んでも、全くピンと来ませんでした。おそらく彼は「目標達成的傾向」の人だったのでしょう。同じ性格ではない僕にとって、彼の価値観は全く理解できないものでした。

 

当時、そこまで貪欲になれない自分はダメな人間なのではないか、などと悩んでいたものですが、今ならそれは単に性格傾向の違いに過ぎないのだ、と理解することができます。ここを間違えると、目標達成的傾向の人が掲げるような目標を無理やり自分に当てはめて、他人の成功モデルを自分に押し付けるようなことになるかもしれません。自分が本当に望んでもいないことを目標に掲げても、成功できないのは当たり前です。

ある意味、全ての人はすでに「成功」している

多くの成功本が、「強い願望は必ず実現する」と説いています。半ばオカルトめいた話ではありますが、これはある意味では正しいのではないかと思います。結局、成功している人とはその目標を達成するためにあらゆる努力を惜しまない人です。寝る間も惜しんで何事かに集中できるのは、結局好きなことをやっているからでしょう。目標達成的傾向の人は高い目標をクリアしていくこと自体が好きなので、その意味では確かに「成功」には近い。

 

でも、これはあくまで世間的に考えている「成功」を基準と考えれば、のことです。起業して会社を大きくしていくのは確かに目標達成的傾向の人が有利かもしれない。しかしこれはリスクの大きい生き方でもあります。例えば献身的傾向の人なら、起業はしてみたいけれど、それで愛する家族を路頭に迷わせるリスクがあるならやめておこう、と考えるかもしれません。これはその人がリスクを取れないダメ人間なのではなく、起業して成功することよりも「家族の笑顔」というより優先すべき目標を選択しているということです。その意味では彼はすでに「成功」している。ただ成功本で定義されるような「成功」とは違う成功を選びとったというだけのことです。

 本当にやりたいことは、すでにやっていること

先日、大学を4ヶ月で中退して起業することにしたという方の自堕落な生活を書いたエントリが話題になりましたが、彼のビジネスというのが本当にやりたいことなら、すでにそのための行動を起こしているはずです。起業したいと言いつつ無為な毎日を過ごしてしまうのは、ビジネスを興すよりそうした日々を過ごすことの方が優先順位が高いからでしょう。起業して成功すれば自由な時間が増えると思ったのかもしれませんが、「毎日気ままに暮らす」こと自体が目標なら、それができる環境があればそうしてしまうのも無理はないのかもしれません。

 

そして、そうした起業家志望の若者に対して皮肉を飛ばすブロガーもまた、「言いたいことを表現したい」という意味では、すでに成功しているのです。意識高い系の人たちに対してあれこれ批評したくなるブロガーは、上の性格分類で言うと「評価的傾向」が強そうです。自分が行動を起こして(世間的な)成功を目指すより、他者や世の中を観察して、それを言葉にしていくことが好きだということです。

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

 

 以前も紹介しましたが、ちきりんさんはこの本の中で「自分は半径二メートル以内のことには興味がない」と何度も言っています。それよりも社会や世界のことを眺めているのが好きで、自分自身が成功するかどうかにはあまり関心がないのだと。読者が少ない時代でも、世の中のことをあれこれと分析してブログを書くことはちきりんさんはとても楽しかったそうです。

 

これは「評価的傾向」の人の特徴のようです。ブログを続けた結果、ちきりんさんは世間的な意味での成功も手にしていますが、それはあくまで結果に過ぎないのかもしれません。結局、自分自身の性格傾向に合っていて楽しく続けられることを続けることが成功に近づく秘訣で、何より本人が楽しいという時点ですでにそれは「成功」である、とも言えそうです。