明晰夢工房

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なぜ、世界を救った勇者が一般人として生きなくてはいけないのか?

ドラゴンクエスト7についてずっと疑問に思っていたこと

saavedra.hatenablog.com

以前も書きましたが、僕はドラゴンクエスト7は名作だと思っています。

特に3DS版では転職もやりやすくなっているし、シンボルエンカウントなのでいつ敵に遭遇するのかというストレスも少なくかなり遊びやすくなっているのですが、それでもこの作品には唯一拭いきれない不満というか、疑問な点が残っていました。

 

それは、なぜ世界を救った勇者がただの一般人のままなの?ということ。

 

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別に漁師という職業がどうこうというのではありません。世界を救った後どう生きていこうが、そんなことは当人の自由。

ただ、なぜ彼の生まれたグランエスタードという国は、世界を救った主人公に対して何も報いようとしないのか。そこが気になるのです。これが現実の世界なら、主人公は相当な顕職に就けてもらえても良さそうなものなのに。

 

 勇者として世界を救った主人公は強いし、数多くの呪文も使えるのに、どうして漁師としてレベル1からまた人生を始めなくてはいけないのか。

それが彼の夢だったから、と言われればそれまでです。しかし、世界を救った英雄である主人公に対して、国家の側で何かしかるべき待遇を用意するべきではないのか?と思ったりもするのです。

 

その恵まれた戦闘能力を活かして王の親衛隊長にするのもいいかもしれないし、どこかに領地を与えて貴族にしてあげてもいいかもしれない。

知力の方が売りなら王の顧問魔術師だとか軍師だとか、それなりの地位を与えても良さそうなのに、なぜかそういう動きはどこにも見られない。

 

ドラクエはそういう現実的な話じゃないんだからそれでいいのかもしれませんが、ここはあえて現実的に考えてみたいのです。

 

なぜ、世界を救った勇者が市井の人間として生きていかなければいけないのか……?

ここを突き詰めていくと、ある事実と向き合わなければいけない事に気付きます。

 

実は、勇者とは国家にとって極めて危険な存在であるという事実と。

 

以下、妄想と深読みを交えつつ、魔王を倒した勇者の「その後」について考えてみたいと思います。

現実世界における「勇者」とはどのような存在か?

なぜ、勇者がそんなにも危険な存在なのか?これは、現実の世界における「勇者」がどんな扱いを受けてきたかを考えるとよくわかります。現実世界での「勇者」に近い存在として僕がまず思い浮かべるのはこの人です。

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漢の高祖・劉邦に大将軍に起用され、劉邦の天下統一に大いに寄与した「国士無双韓信

国史上屈指の名将です。

この人の存在なくして、劉邦項羽を打倒して漢王朝を立てることは叶いませんでした。

 

韓信が出てくるまでは、項羽が当時の中国の最強の名将と言っていい存在です。劉邦にとってはまさに魔王のような存在です(本当の称号は覇王ですが)。

大将軍となった韓信は楚を相手に快進撃を続け、最終的には項羽は垓下に滅びます。劉邦韓信という「勇者」を得たことで、ようやく項羽という「魔王」に勝つことができたのです。

 

問題はこの後です。漢王朝樹立に巨大な功績のある韓信は楚王に封じられますが、やがて劉邦韓信の存在が邪魔になり始めます。

何しろ韓信劉邦をはるかに上回る軍事的才能と実績を持っているのです。天下を統一し、世の中が平和になってしまえば彼の存在は脅威でしかありません。

 

結局、韓信は王から淮陰侯へと格下げされて兵権も奪われてしまいます。

不満に思った韓信は反乱を起こそうとしますが、計画を漏らす者がいたため反乱は失敗。

韓信という「勇者」は三族まで皆殺しという悲惨な最期を迎えることになってしまいました。

 

巨大な功績を持つ「勇者」はどう立ち回るべきなのか?

歴史上、このような例は枚挙に暇がありません。

末期のローマ帝国を支えた名将スティリコも忠誠心を疑われて処刑され、明を満州族から守り続けた袁崇煥も猜疑心の強い崇禎帝に謀反を疑われて殺されてしまいました。

 

このように、国王や皇帝をしのぐ実力と人望を持つ「勇者」は、よほど上手く立ち回らないといつ粛清されるかわからないのです。

中央政府から見ると、「勇者」が外敵と戦ってくれている間はいいものの、敵に寝返ったり反乱軍に担ぎ出されたら自分が危機に立たされます。ならばそうなる前に「勇者」を始末した方がいい、という事態にしばしば陥ってしまうのです。

 

老獪な人物はこのような事態を避けるため、自分に野心がないことを示そうとします。韓信と同様、劉邦の天下統一に大きな功績のあった張良は引退することで難を避け、秦の名将である王翦は自分が俗物であるように見せかけることで秦王の猜疑心を買わないように配慮していました。

 

翻って、ドラゴンクエスト7の主人公の場合はどうでしょうか。

彼は魔王を倒した実績があり、一個人としても相当な潜在的武力があります。しかしそれ以上に危険なのは彼の名声でしょう。

どこかの国に不満のある勢力があれば神輿として利用されるかもしれないし、逆に政治権力の方で彼を危険人物とみなすかもしれない。

バーンズ王はいい人だからそんなことはしないと信じたいところですが、彼が何もしなくても勇者の存在を脅威に思う人はどこかにいるはずです。元勇者のメルビンは仲間だし、海賊マール・デ・ドラゴーンの首領とも知り合いだし。

 

そんな世界で彼が自分が野心などない安全な人物であるとアピールするためには、一漁師として生きていくのが一番なのではないでしょうか?

それまでの冒険で身につけた戦闘力も呪文も今後の人生には一切役立てません、という姿勢を見せるには、これが一番の方法であるように思うのです。

つまり、彼は望むと望まざるとにかかわらず、このように生きざるを得なかった。

なぜ、初代ドラゴンクエストの主人公はアレフガルドを出たのか

初代ドラゴンクエストの主人公は、竜王を倒した後アレフガルドを出て新たな旅を始めたことになっています。

その辺の事情は詳しく語られませんが、今までの考察を踏まえると、彼がアレフガルドにとどまった場合、その未来があまり良いものにならないと予感していたのかもしれません。

 

危険人物と見なされて処刑されるくらいなら、いっそ新天地を求めて旅立つのも勇者らしい生き方です。

ドラゴンクエスト2の主人公は1の勇者の子孫ということになっていますが、彼は新天地で新しい国を建てたということでしょう。

ローレシアサマルトリアムーンブルクといった国家を作り、勇者の血筋を各地に残すことのできた1の主人公は勇者の中でも極め付きの成功者です。やはりアレフガルドを出たのが正解だったんでしょうね。

 

一方、ドラゴンクエスト2の主人公達は最初から王子であり王女なので、自分が魔王を倒しても粛清される立場にはありません。

この点は主人公がグランバニア国王である5も同じです。これらの作品が完全なハッピーエンドになっているのは、魔王を倒した後の主人公の運命について心配する必要が無いからなのでしょう。国王は強いし後継ぎも勇者なんだから何も問題は起こり得ない。

勇者の第3の道

 以上、最高権力者をしのぐ潜在的武力を持つ勇者の立ち回りとしては

・野心がないことを示す

・新天地へ旅立つ

という選択肢があることを見てきました。

 

でも、もう一つ、歴史上頻発する選択肢がありますよね。

 

そう、自分が最高権力者になるという道が。

 

乱世の英雄なんて大体このパターンですし、韓信だってまさにこれをやろうとして失敗してしまったわけです。

しかしこれは最もリスクの高い選択肢でもあります。明智光秀からロイエンタールに至るまで、勇者→最高権力者へのジョブチェンジに失敗して滅んだ人は数限りない。それだけに魅力的な選択肢でもある。

 

しかし、いやしくもRPGの主人公がそんな選択肢をとり得るのか。

仮に謀反の濡れ衣を着せられる勇者がいたとして、反乱を起こして自分が国王の座に収まるようなストーリーを作ったら、それを受け入れるプレイヤーがどれだけいるのか。

 

個人的には見てみたいですけどね。魔王討伐という「神話」が終わり、その後に始まる「歴史」を描く作品というのも悪くない気がします。

恐らくかなり気が滅入るストーリーになるだろうし、ドラクエにはそういうものは似合わないので空想の中にとどめておくことにしますが。