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明晰夢工房

主に自分語りです。

北方謙三『水滸伝』の面白さとは何か?大ベストセラーの魅力を紹介。

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とにかく理屈抜きで熱中できて面白い小説は何かないか?と言われれば、僕はまず北方水滸伝を推します。

前提となる中国史の知識も特にいらないし、文章も簡潔で読みやすく、登場人物もかなり多いにも関わらず全員キャラが立っていて混同することがないからです。

大河小説が好きな方なら間違いなくのめり込む内容だと思います。

 

北方謙三の大ベストセラーである『水滸伝』は『楊令伝』『岳飛伝』と続編が発売されていて、岳飛伝は2016年2月に完結しています。

このシリーズは『水滸伝』までしかちゃんと読んでいませんが、北方版『水滸伝』はもともと中国で書かれた水滸伝とはかなり内容が異なり、オリジナル度の強い内容になっています。

 

このシリーズが気になっていて、これから読んでみようかと思っている方のためにこれは何が面白いのか?知っておけばより楽しめる知識はないか?という点について解説してみようと思います。

 

歴史小説が苦手な人でも読みやすい

これは『三国志』や『楊家将』などにも共通する北方作品の特徴ですが、この水滸伝では時代劇特有の持って回った言い回しや、難しい単語などは出てきません。主人公の一人称も「俺」「私」だけです。

著者の文体はセンテンスが短いので読みやすく、特に引っかかるところもありません。

 

水滸伝は中国の宋王朝を舞台として繰り広げられる物語ですが、ただそういう国があったんだな、ということだけ知っておけば読めます。必要な知識は物語中で全部説明されるので前もって知っておかなければいけないことは特にありません。

ただし、知っておいたほうがさらに楽しめることもあります。

従来の水滸伝とは全く違う物語

北方水滸伝とは、一言で言えば「革命」の物語です。

 

作中の人物は、腐敗した宋王朝に対抗して梁山泊に事実上の独立国を建設し、その影響力を広げていくというのがストーリーの骨格です。

本来の水滸伝では犯罪者だったり野盗だったりと、社会のアウトローが他に居場所もないので梁山泊に流れていくというパターンが多いのですが、北方水滸伝では多くの人物が最初から宋とは別の国家を作るという理想のために動いています。

 

水滸伝の中でも有名なキャラクターに花和尚の魯智深という人物がいます。

この男は本来は力自慢で暴れ者の坊主と言った感じの人物ですが、北方水滸伝においては梁山泊へ人材をリクルートしてくる役割を背負わされています。武術の達人であることは同じですが、人を説得しなくてはいけないのでかなり知的なキャラクターに変えられています。

 

梁山泊は小国家のように描かれているので、経済的基盤についても考えられていて、梁山泊は闇塩を売ることで成り立っていたことにしてあります。

中国は漢の武帝以来、塩を専売にしていたため官製の塩は高く、闇商人が一種の義賊のような存在でしたが、そこを上手く設定に生かしているのです。

 

この塩の闇ルートを取り仕切っているのが玉麒麟盧俊義です。

盧俊義は本来は大商人の旦那で、かなり終盤になってから梁山泊に加わる人物ですが、北方水滸伝では梁山泊の裏方を支える地味だが重要な役割を担っています。

このように、原作の水滸伝を知っていれば、原作とのキャラクターの書かれ方の違いも非常に楽しめる内容になっています。

 

主要キャラクターの紹介

北方水滸伝は、多くの魅力的なキャラクターが登場します。

終盤までずっと出てくる重要人物を何人か紹介します。

 

宋江……梁山泊の頭領。特に強いわけではなく、戦争で前線に立つこともないのでなぜリーダーなのか最初は理解できなかったが、人の苦しみに寄り添えるカウンセラー的な優しさを持っていることが次第にわかってくる。地味だがカリスマ。

 

林冲……おそらくは梁山泊最強の人物。黒騎兵を率いて抜群の指揮能力を発揮する。梁山泊の騎兵部隊の中核。妻を青蓮寺(宋の諜報組織)に殺されたトラウマを背負っている。

 

魯智深……梁山泊リクルート担当仏僧。宋江の著書「替天行動」を手に多くの人物を梁山泊へ誘う。武術の達人だが粗暴なところはなく冷静な人物。

 

王進……史進の武術の師匠。梁山泊に入山した者で性根が曲がっているものはとりあえずこの人のところに送られ、棒で叩きのめされて性根を入れ替えることになっている。

王進の母は優しく未熟者を教え諭す役割で、母子二人で若者の更生を担当している。

 

呉用……梁山泊の「軍師」だが実際には事務方のトップで軍事より内政面での功績が多い。前線の武将からは嫌われている。

 

楊志……剣の達人で林冲と互角の強さを誇る。祖先の楊業は北方謙三の『楊家将』の主人公。二竜山の山賊を退治し、ここを梁山泊の一拠点として発展させていくがやがて……

 

盧俊義……闇塩の製造・販売を取り仕切り、梁山泊の経済基盤を支えている人物。若い頃に役人に男根を切り取られる刑を受けており、宋朝を憎んでいる。

 

武松……虎を素手で撲殺できる武術の達人。兄嫁である潘金蓮に横恋慕したあげく○○してしまったため傷心して死のうとするが死にきれず、魯智深梁山泊へ誘われる。後に魯智深とともに人材勧誘を担当する。

 

騎馬隊の活躍する戦闘シーン

歴史小説の醍醐味といえばやはり戦争です。

北方謙三作品といえば「黒い一頭の獣のような騎馬隊」などの表現に見られるように、騎馬隊の描写が凝っていることが有名ですが、本作でも林冲の黒騎兵・史進の赤騎兵・索超の青騎兵などの騎馬隊が戦場で大活躍します。

史進などは棒を振るたびに敵兵が何人も吹っ飛ぶと書かれているので、この世界では三國無双並みの強さのようです。

 

戦術面だけでなく戦略面でも後半は楽しめるところがあり、梁山泊の陣容が厚くなってくると宋の主要都市を攻略してしまうほどスケールの大きな話になってきます。

梁山泊の脅威に対して、宋側がどう対抗するのか?12巻で官軍の関勝が仕掛ける作戦には度肝を抜かれました。

 

108星はそろうことがない

幻想水滸伝でもおなじみですが、水滸伝と言えば108星です。

しかし北方水滸伝では108星が一堂に会する事はありません。

そろう前に死んでしまう人物がいるからです。

作中でも108星という言葉は使われていないので、おそらくこの世界には108星という概念がないのでしょう。

 

誰が死ぬのかは書きませんが、その人物だけでなく、この世界では主役級のキャラもどんどん死んでいきます。

このあたりの容赦のなさはゲーム・オブ・スローンズにも通じるものがあります。

後半などは、「次は誰が死ぬのか?」が楽しみのひとつだったりします。

死に様はどのキャラも壮絶で、強い印象を残すものばかりです。

どう死ぬかでその人間を表現する、というのもこの作品の特徴です。

伝奇要素は存在しない

水滸伝は中国の「四大奇書」のひとつであり、妖術が登場するなどファンタジー要素も強い作品です。

ですが、本作において伝奇要素は一切ありません。

公孫勝は本来は妖術師として活躍する人物ですが、この作品では致死軍という特殊部隊のリーダーとして暗殺や拷問などの汚れ仕事の一切を引き受ける役回りになっています。

ハードボイルドを得意としてきた著者だけに、こうした組織の闇の部分もしっかり描くのが北方水滸伝の魅力のひとつです。

 

とにかくキャラクターが魅力的で熱い

この水滸伝のあとがきで、馳星周氏が「北方謙三が108人いるようだ」と書いているように、時に熱苦しいとも言えるほど熱いキャラが多数出てきます。

林冲史進のような戦場で活躍する主役級のキャラだけでなく、脇を固めるキャラも非常に魅力的に書かれています。

原作ではただのスケベ医師だった安道全も、医龍のような硬派な医者になってしまいました。

 

女もまた漢です。饅頭売りの顧大嫂は自称「特技は料理と人殺し」

この世界には漢しか存在を許されません。

 

ただ熱いと言うだけでなく、各キャラの特徴や個性が際立っているのも特徴で、書き分けが非常に巧みです。

二丁斧の達人で、喜々として人を殺すのに料理が得意な黒旋風の李逵

茫洋としているが石積みの罠を作る達人・陶宗旺。

剣が得意だが気が弱く人を斬れないので薬師をやっている薛永。

ここにはとても書ききれないほどの個性的な人物が次々に登場し、決して飽きることがありません。

 

各キャラクターの強さも魅力ですが、弱さの書き方もまた絶妙です。

梁山泊には杜興という鬼軍曹のようなキャラクターがいて、この人は調練の途中で兵士を殺してしまうほど厳しいのですが、心根には優しい部分があり、親友を戦争で失ったためトラウマで戦えなくなる兵士を「治療」する場面があります。

杜興は友を失っても泣けないと訴える兵士に対し、「友が死んで泣かないのはおかしい」と言い、兵の背中を強く押します。

杜興が力を込めるうちに兵士は感情を表に出し始め、やがて人目をはばからず号泣します。

心のなかで凍っていた感情を吐き出させることで、杜興は見事に兵のトラウマを取り除くのです。

こうした人間味あふれる描写にも、非常に光るものがあります。文章は簡潔でドライなのに、描かれる場面は時にウェットすぎるくらいウェットなのです。

 

特筆すべきは、この作品にはラスボスが設定されているということです。

それが宋朝最強の軍神童貫です。

童貫は実在の人物ですが、本来はあまり大した人物でもなくせいぜい小悪党と言った程度のキャラでしかありません。

ですが本作での童貫の存在感はたいへん大きなもので、宦官でありながら極めてストイックな人物として描かれており、超一流の指揮能力を持つため梁山泊の名将が束になっても敵わないほどの活躍を見せます。

これほどまでに手強く、魅力的なラスボスにはなかなかお目にかかれません。

真打ちが満を持して登場するという、大河ドラマに誰もが求めている場面が見事に表現されています。

童貫と梁山泊軍との正面衝突が描かれる最終巻は必見です。

組織の裏面も描ききる

先にも書きましたが、この水滸伝では林冲史進のような強い部将が繰り広げる官軍との戦闘だけでなく、致死軍のような暗殺や拷問を担当する部門もきちんと描いています。

梁山泊という小国家を運営するのは綺麗事だけではありません。

梁山泊を経済的にどう成り立たせるのかという点も闇塩の販売を行うことで説得力を持たせており、著者が梁山泊の組織運営についてもかなり力を入れて考察していることがわかります。

 

印象的な場面として、官軍の将軍だった秦明が梁山泊に入山した時、最初にチェックしたところが厠だったということです。

リアリティというのはこういう細かいところに出てきます。

伝奇小説と決別し、リアルな革命の物語を書くという著者の気概が伝わってきます。

 

また、官軍にも闇塩ルートを妨害したり、諜報工作を行う人物が登場します。

宋朝には青蓮寺という梁山泊における致死軍のような組織があります。

梁山泊宋朝は表立った戦争だけでなく、常に裏面では致死軍と青蓮寺との暗闘が繰り広げられていて、スパイ小説のような楽しみを味わえる場面も多くあります。

このように組織の暗部についてもきちんと書いていることが、本作に厚みを持たせています。

 

 試みの地平線メソッドも登場する

 面白いことに、やはり作者が北方謙三であるため、水滸伝でも作中で試みの地平線メソッドが炸裂します。

時代劇なので、具体的には「遊郭に行け!」ということになります。

具体的に誰が行くことになるのかは読んでのお楽しみです。

 

事前にこれを読んでおくともっと楽しくなる

北方水滸伝は中国の水滸伝とは違うので、比較することで「これをこうアレンジするのか!」 という楽しみが増えるので面白さが何倍にもなります。

例えば醜郡馬の宣賛という人物がいますが、この人は原典の水滸伝では強いが容姿が非常に醜いため出世できなかった武人ということになっています。

 

これが北方水滸伝では、もともとは水も滴る美男だったが役人に嫉妬され、拷問を受けて鼻を削ぎ落とされ容姿を醜く変えられてしまったという設定になっていました。

梁山泊での役回りも武将ではなく軍師になっています。

こういうアレンジを見るたびに、そう来たか!という驚きを味わうことができるのです。

北方水滸伝の楽しみを増すために、読みやすい水滸伝の入門書を紹介しておきます。

 

1冊で水滸伝を理解したい方にはこれです。

人物の取り上げ方もバランスが良く、これで水滸伝の大まかなあらすじは理解できます。

ただ、陳舜臣氏の書き方の特徴で比較的淡々としているところがあるので、熱中して読めるようなものではないかもしれません。

もっと物語的に盛り上がるものが読みたい方にはこちら。

 

はっきり言って、こちらも北方水滸伝に劣らないほど面白いです。

自分が高校時代に一番ハマっていた小説なので。

ただ、執筆中に著者が亡くなってしまったために完結していないというところが難点。

文章も現代人の感覚からすると少々古臭く感じられるかもしれません。

しかし歴史小説の巨匠の作品であるだけに、その価値は今なお衰えていません。

個人的には宮本武蔵三国志よりずっと面白いと思っています。

 

小説は長すぎるという方には漫画もあります。

ただこの光輝版水滸伝、少々改変の多い作品でもあって、赤髪鬼の劉唐がなぜか妖術使いになっていたり(本当はただの山賊)、宋江が飛刀の達人になっていてかなり強いなど結構オリジナルな部分もあります。

とはいえ長さも文庫本で6冊と適度ですし、何より読みやすいのでこちらもおすすめです。

 

 とはいえ、これらはあくまで「読んでおくとより楽しめる」という程度の話で、別に無理して読む必要もありません。

事前の知識など何もなくても楽しめるのが北方水滸伝の良いところです。

もし面白い物語に飢えているなら、ぜひ一度この小説を手にとってみて欲しい、と願っています。