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スコットランド史の本はなかなか見かけないのでこの本は貴重。
この1冊があれば、あまり知られることのないスコットランドの近世の歴史を学べます。
岩波の歴史系新書の中でもこれはかなりの「当たり」で、女王メアリとノックス、宗教改革、タータンとキルトの起源やグレンコーの虐殺事件などなどこの本で初めて知ったトピックが多く、スコットランドに少しでも興味のある方なら面白く読めるのではないかと思います。
私、スコットランドの歴史と言われても、思い浮かぶことが『ブレイブハート』しかありません。
バノックバーンの戦いでイングランドを破った闘将ウイリアム・ウォレスの活躍は、スコットランドでは数少ないイングランドへの勝利として長く記憶に残っています。
そのウォレスが映画の中で身に付けていたのがあの有名なキルトなわけですが。
スコットランドと言えばキルトと言えるくらい有名なあの民族衣装、本書によるとどうもかなり後に成立したものらしいのです。
たとえば、あのキルト 男のはくあのひだ付きの膝丈のスカート は今日では代表的なスコットランドの民族衣装とされているが、古代・中世に起源を遡る古い歴史はない。たかだか18世紀初めにハイランドの森の作業場で、必要から生まれた作業着にすぎない。それが19世紀初めの民族衣装ブームの間に上・中流階級の間に広まり、急速に古来の民族衣装に昇格したというのが事の真相なのだ。
ということは、『ブレイブハート』でメル・ギブソンが身に着けていたキルトはフあの時代には存在しなかった……?
あくまであれはフィクションだとして見るべきなのでしょうね。
ちょっとぐぐってみると、ブレイブハートのWikiでもこの点についての指摘がありました。
この映画では、ウォレスに従うローランダーたちがキルトを着けているが、普通ローランドではキルトは着けない上、そもそもキルトがスコットランドの民族衣装扱いされるのはもっと後の時代である。また、封建領主や貴族たちの武装も本来のものとは違っていた(足を守る防具を身に着けて、特別に交配された軍馬に乗っていたはずである)。
ウォレスはロウランドの人物なのでハイランドの民族衣装を着るはずがない。
しかもキルトが成立したのはウオレスの時代から400年ほど後……
現実なんてこんなものでしょかね。
詰まるところ、キルトというのは「作られた伝統」のようです。
しかもさらに悲しいことに、本書ではキルトは実はイングランド人が発明したのではないか?という説も紹介されています。
ランカシャーの製鉄業者がキルトを作り、それを彼のパートナーの族長がハイランドに広めたのだとか……
時代のズレを日本で例えるなら、江戸時代の衣装を鎌倉時代からあったと言ってる位の感覚ですね。
外国の話なので大して気にしないですけど、これが日本だったら、事の真相がわかったらかなり問題になるんじゃないでしょうか。
そしてこのキルトの話の前章では「オシアン事件」について触れられています。
オシアンとはハイランドの古代史を翻訳したもので、3世紀ころにスコットランドで活躍したと言われるフィン王の物語なのですが、これは当時のヨーロッパの文学界に大変な衝撃を与え、ゲーテも『若きいウェルテルの悩み』の中で詩を引用するほどで、オスカー・ワイルドの名前もこのオシアンから取られています。
しかし、この詩を翻訳したというマクファースンにある疑惑が持ち上がります。
それは、オシアンは贋作ではないのか、というものです。
未開の国の奥地に、ホメロスにも匹敵すると言われた古代史など本当に存在していたのか?
オシアンを熱烈に愛好していたナポレオンですら、この詩が本物だとは信じていなかったようです。
結局、後世の調査ではオシアン詩は存在していたものの、マクファースンは原作にかなりの修正を加えたりオリジナルのエピソードを足して公開したというのが真相のようで、贋作とは言わないまでもとうてい「翻訳」と言えた代物ではないようです。
そこまで文学的才能があるのなら、オリジナル作品として発表したほうが良かったんじゃないでしょうかね……
結局、フィンガル王の話もまた「作られた伝統」でした。
このように、本書で語られるトピックはどうも悲しくなるような話が多いのです。
ノックスの宗教改革で文化が破壊されルネサンスの良さが奪われてしまったり、ウィリアム3世の策略でハイランドの氏族が虐殺されるなど、気が滅入る話が繰り返されます。
このように政治的にはなかなか安定しなかったスコットランドではありますが、優れた文化人を多く産んでいることも書かれています。
貧しい小国だった割に15世紀から大学が3つも存在し、どんな身分でも才能のある者は地主や教区が支えて大学まで行かせるシステムが出来上がっていました。
輩出した人材はアダム・スミスやヒューム、スティーブンソンなど。
本書でざっとスコットランド史を眺めた感じでは、スコットランドは優れた人材は多いし教育システムも整っているのに、あまり政治には人を得ていなかったのかなと。
もっとも、世界一老獪な国家であるイングランドが隣にあっては苦労するのも当然かもしれませんが。