明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなど

読まれる記事を書くために必要なのは文章力ではない。

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熱意や文章力が読まれるかどうかの決め手ではない

あまり読まれることに貪欲とはいえない僕のような人間でも、時には「こういう文章が読まれる」「人の心を惹きつけるのはこんな文章だ」といった記事を読むことがあります。

アクセスを増やしたいから、というよりは他の人の文章に対する考えを知りたいからですが、「どうすればブログを読んでもらえるのか」と言うことを考えるときに、まず文章力から入るのは何か違うのではないか、という気持ちがあります。

 

このブログも一年以上続いているわけですが、最初は創作論に関する記事を多く書いていました。

それらの記事はほとんど読まれていません。

自分用にまとめた内容なので読まれなくても特に困りませんが、興味のあることを書いているので、それなりに熱は入ってはいます。

 

「読まれたければ熱意のこもった文章を書け」というアドバイスがありますが、こと「読まれるかどうか」に関しては、熱意を込めて書いているかどうかはあまり関係ないのではないか、というのが今までの経験から得た結論です。

このブログで比較的読まれた記事はアドラーの『嫌われる勇気』についての記事や、『ローマ人の物語』についての記事などがありますが、これらの記事を他の記事より熱心に書いたつもりはありません。

創作論に関してはもっと熱心に書いていると思いますが、それでも読まれていないのです。

魚のいない釣り堀で釣り糸を垂れても、読者は釣れない

では両者の差は何なのかというとそれは簡単なことで、単に創作論などよりローマ人の物語や嫌われる勇気について関心を持つ人が多いということでしょう。

文章力や熱意以前に、「どのジャンルで記事を書くか」で9割方勝負は決まっています。

 

似たようなジャンルで記事を書いている人との差別化には文章力や熱意が大事かもしれません。

でも、そもそも需要のないことでいくら情熱的な文章を書いても、そのことがそれほど読まれるかどうかに影響するとは思えないのです。

 

文章力というものを魚を釣り上げる能力に例えるとすれば、まずは魚のいる場所に釣り糸を垂れなければ意味がありません。

どんな釣り名人でも、魚が一匹もいない釣り堀で何時間粘ろうが何も釣れません。

逆にいえば、魚がたくさんいて釣り人が少ないブルーオーシャンを見つけられれば、釣りが下手でも魚はたくさん釣れます。

saavedra.hatenablog.com

このブログで一番読まれた記事はウメハラの講演会についての記事ですが、これは別に文章力があるから読まれたのではなく、ウメハラのネームバリューと講演会が話題になったタイミングに合致した結果だと思っています。

 

僕の知っているウェブ小説に、小説家になろうでは全く鳴かず飛ばずだったけれど、カクヨムに移したら途端に話題を呼び、最終的には書籍化までされた作品があります。

内容は全く変えていないのだから、変わったのは文章ではありません。

なろうという場には合っていなかった小説が、カクヨムの読者の需要には合ったのです。

 

なろうで需要のないタイプの小説を、なろう内で連載しつついくら文章をブラッシュアップしたとしても、ブレイクすることはほぼ不可能だったでしょう。

これなども「どう書くか」より「どこで書くか」の方がはるかに重要であるということの一例です。

 

fujipon.hatenablog.com先日、このような記事を読みました。

ここに書かれていることはブログにも応用できると思うので、一部引用します。

 職業選択の際に、誰もが気にする自分自身の将来の年収について。実はこれは職業を選んだ時点でだいたい決まっているのです。それは選んだ職業の年収が一定の幅で決まっているからです。「え? ホントかいな!」と思う人もいると思いますが、市場構造が一定であるならば、その市場にいる人の収入も「ある一定の幅」で決まってしまうのです。
 例えば、あなたがうどん屋の主人になったとします。競争力のあるうどんの単価、店舗のキャパシティー、原材料費、店舗にかかる諸費用、従業員人件費など、それらの相場は好き勝手にコントロールできないことがほとんどで、市場構造やビジネスモデルによってあらかた決まってしまっているのです。

これはブログに置き換えるなら、どれくらいアクセスを集められるかは、その記事のジャンルにどれくらいの規模の需要があるかでほぼ決まる、ということでしょう。

需要のないジャンルで記事を書くことを選んだ時点で読む人がいないし、そこを文章力でひっくり返すことが果たして可能なのか?

プロなら、マイナーなジャンルのことも面白そうに記事に書け、読者も呼べるのかもしれません。

でも、素人である1ブロガーには難しいでしょう。

そんなに面白い文章が書けるなら、そもそも何を書いたって皆読んでくれるだろうから。

 

記事は属人的に評価される

これ、あまり言うと身も蓋もなくなってしまいますが……

さらに言うと、読まれるかどうかに影響するのは、「誰が書いたか」という点ではないかと思います。

中年男性よりは若い女性、無名人よりは有名ブロガー、一般人よりは芸能人の書いた文章の方が読まれるでしょう。

それを知っているからこそ、とにかく炎上でも何でもさせて有名人になろうとする人がいるわけです。

世の中には有名な人が言っている、というだけで評価する人が一定数いるし、行列のできているラーメン店は美味しそうに見えるからです。

 

この部分は努力で変えようがないので、文句を言っても仕方がありません。

ただ、記事が読まれるかどうかは文章力以外の部分で左右されることが多いということは確かだと思います。

 

好きなことで記事を書いていれば自然と文章に熱は入るでしょうが、それが読まれることとは必ずしも結びつきません。

そのことに気づいた人達が、検索ボリュームを睨んで記事を書くようになっています。

 

エモくても読まれない記事と、気持は入ってないけどたくさんアクセスを呼べる記事はどちらがいいのか?

これに決まった答えはないでしょう。

しかし、読まれたいのであれば、まずは多くの読者が求めている話題はなんなのか、ということから考えたほうがいいのかもしれません。

最もその読者の需要というのも、たくさん書かなければ見えてこないものではあるので、言うほど簡単なものではないのですが。