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悪意がどこにも存在しない漫画というものはいいものです。
疲れているときはストーリーの起伏がどうこうとか、伏線がどうこうとか、そういった作り込みよりもまずはストレスなく読めるかどうか、これこそが一番大事でしょう。
その意味で、こういう作品こそが日々の仕事や学業で神経をすり減らしている現代人にはふさわしいと思われるのです。
疲れた心身に染み透るギャルが、また明日も生きていこうという活力を我々に与えてくれるのです。
こう前置きしましたが、なにも本作の作り込みが甘いといいたいわけではありません。
いえ、とにかくギャルであるヒロインである岡崎みくの造形が非常に優れています。
自由奔放であり露出も多いものの時には純情な一面をかいま見せ、恥じらう姿も魅力的なヒロインの姿はギャルものの定番であるギャップ萌えの愉しみを存分に提供してくれます。一口にギャルと言っても創作における扱いは色々ですが、このギャップ萌えを楽しめるという点において、岡崎みくはデレマスの城ヶ崎美嘉と同タイプのギャルに位置づけられるでしょう。彼女が好きな人ならまず間違いはない一作となっています。
感情の振幅を作り出すのはツンデレの専売特許ではありません。奔放さと純情さもまた、心地よく人の感情を振り回してくれます。そのような役回りにふさわしいからこそ、創作物においてギャルが脚光を浴びつつあるということなのでしょう。
そして、このギャルを教え導く主人公の教師もまたいい味を出しています。
堅物の家庭科教師である主人公がギャルに料理を教えるというのが本作の主な内容ですが、やはり堅物だけにギャルに振り回されつつも料理の指導は真剣、その様子にみくもまた惹きつけられていくというわけです。
マジメ君とギャル。対立する個性の組み合わせは王道であり定番であるわけですが、作者の仕事が丁寧であるために読んでいて飽きることがありません。
基本、主人公とギャルのやり取りを楽しむラブコメなので食漫画としての要素は薄目ですが、ギャルが美味しそうに何か食べている姿を見られれば眼福というものでありましょう。こういうギャルが本当にいるのか、とかそういう細かい話はいいのです。フィクションとはそういうことを忘れて楽しむものなのです。
先日、半分ネタとして異世界からやってきたダークエルフが黒ギャルに間違われるみたいな話を考えていたのですが、検索してみると黒ギャルが異世界に行ったらダークエルフに間違われる、という小説がすでにありました。創作物におけるギャルとはある種のファンタジー的な存在として、独自の進化を遂げつつあるのかもしれません。
先日、安室奈美恵がいなければ黒ギャルは誕生していなかったというツイートを見かけました。その彼女もいよいよ引退を迎えるわけですが、本作の岡崎みくもまた彼女の遠い末裔であるのかと思うと、なんだか妙に感慨深いものを感じてしまいます。
ギャルごはんの内容は3話までこちらで読めます。