明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなど

まるで冒険小説のような興奮を呼び起こす名著。増田義郎『古代アステカ王国』

 

 

実はこのエントリのタイトル、最初は「モンテスマは戦闘狂ではなかった!」にするつもりでした。シヴィライゼーションでは相手構わず戦争をしかけまくる狂犬のようなモンテスマが、本書においてはあまりに弱々しい王として書かれていたからです。

 

ですが、実は私は勘違いしていました。

シヴィライゼーションに出てくるモンテスマはコルテスを出迎えたモンテスマ2世ではなく、モンテスマ1世のほうだったのです。

ちょっと彼の業績を調べてみたところ……

 

CIVILOPEDIA Online: モンテスマ

 強い戦士であり指導者でもあったモンテスマ1世は、アステカの国家を大きく輝かしいものへと駆り立てるのに貢献した人物である。彼のことを、不運な孫のモンテスマ2世と混同してはならない。モンテスマ2世は、スペインのコンキスタドールの手により崩壊していく帝国を、なすすべもなく眺めていた人物である。

 

ここにも間違えるなって書いてありますね。

この人とアステカ滅亡の一因を作ったモンテスマを間違えるのは、ナポレオン1世と3世を間違えるようなものだ。

これ、調べていないとCivのモンテスマは史実とぜんぜん違う!と書いてしまうところでした。

 

さて、この『古代アステカ王国』。

初版は1963年と古いですが、これ、読みはじめたら止まらなくなってしまうタイプの本です。

コンキスタドーレのコルテスを主人公とし、アステカ帝国の滅亡を描いた歴史書ですが、堅苦しいところは全くありません。

主役のコルテスを始めとして上司の総督ベラスケスや裏切り者の現地人マリンチェなど、登場人物が皆キャラが立っており、ページをめくるごとにコルテス一行の波瀾万丈の冒険行が展開され飽きさせません。

度胸があり頭も切れるコルテスが降りかかる苦難を得意の雄弁と奇策で打開し、道を切り開いていくさまはあたかも冒険小説を読んでいるかのようです。いえ、下手な小説よりはるかに面白いといっても過言ではありません。

 

実はそれもそのはずで、著者の増田義郎はあとがきで大の冒険小説好きであった過去を回想しています。若き日に著者の呼んだ冒険小説の中には『モンテズマの娘』という作品もあり、これが著者にいつかアステカ王国の最後を書いてみたい、という気持ちを抱かせたのだそうです。

冒険小説へのあこがれと、ラテンアメリカ史学者の学識が合体すれば、できあがるものが面白くないわけがありません。

 

 数々の苦難を乗り越えてコルテスがアステカの王都テノチティトランに乗り込むくだりなどは、さながらファンタジー小説の趣さえあります。30万とも言われる人口を擁し、湖上にそびえ立つ王都の姿はコルテスには夢の都としか思えなかったことでしょう。

というのは、本書でも説明されているとおり、コルテスの故郷スペインでは騎士道物語に登場するアマゾネスの国や黄金郷などを、実在するものと思いこんでいる人がたくさんいたのです。コルテスもまた、テノチティトランがこの手で征服されるべき黄金郷だと思っていたかもしれません。

 

しかし、本書を小説として見るならば、ラスボスに当たるモンテスマの人物像が今ひとつ物足りなく感じられます。モンテスマ2世はコルテスに対し毅然と逆らったわけでもなく、アステカ戦士の誇りをかけて戦ったわけでもありません。むしろ、彼はかなりコルテスを恐れていたのです。とはいえ、これが史実だったのだから仕方がありません。

しかし、モンテスマがコルテスに逆らえなかった理由を単に彼の臆病な性格に帰することはできません。実はコルテスが姿を表したのは、アステカ人の暦で「一の葦の年」と呼ばれる年でした。これはアステカの神であるケツァルコアトルが現れると予言されていた年で、占星術師が予言した日付はなんとコルテスがサン・ホアン・デ・ウルアに到着した日と同じだったのです。

 

ケツァルコアトルと言うのはずいぶん変わった神で、太陽神に生贄を捧げることを常習としていたアステカにおいて、なぜか生贄を否定する神だったのです。アステカの神話において、ケツァルコアトルは「一の葦の年」に帰還し、人民に災厄をもたらすと考えられていました。

しかも悪いことに、ケツァルコアトルは白い肌で黒い髭を蓄えているということになっていました。これはスペイン人の姿です。王であり祭司長でもあるモンテスマがコルテスを恐れたのも無理はありません。

 

 また、モンテスマはコルテスとの宗教論争にも敗北しました。

コルテスは、長年イスラム勢力と渡り合ってきたスペインの出身です。彼にとって、キリストこそが唯一の神であり、アステカの神は悪魔だと断定するのは造作もないことでした。しかしモンテスマは、自分たちの神こそが真の神だと反論することができませんでした。アステカの神学大系は複雑で一つの神が闇や戦争や光の青空などいくつもの属性を持っていたため、コルテスに切り返すことができなかったのです。

結局、モンテスマはろくにコルテスに抵抗もできないまま捕らわれてしまい、ただ王国の滅亡をながめていることしかできませんでした。

 

こうしてみてくると、アステカは宗教によって滅ぼされたようにも思えてきます。もちろん、アステカが滅んだ原因は第一には銃や騎馬を持つスペインの軍事力でしょう。そのことはマクニールが『世界史』の中でも触れているとおりです。この名著の翻訳を著者の増田義郎が担当していますが、そのことには当然著者も同意していたでしょう。『銃・病原菌・鉄』の見方に従うなら、鉄資源も車輪も持たないアステカがスペインに敗北することは必然だったことになります。

 

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

 

 

しかし、巨視的に見ればアステカは滅びるしかなかったとしても、この歴史を誇る大国の最後には、どうにもやりきれないものがあります。モンテスマは結局スペインとアステカの戦争に巻き込まれ、自分は戦うこともなく飛んできた石に当たって死んでしまいます。

死の床の王を訪れたコルテスは涙を流したと言われていますが、著者は「彼はモンテスマに対する数々のひどい取扱や処置について、深く良心に恥じるところがあったのだろう」と記しています。

アステカ族は本来は狩猟民族で、農耕地帯の北方に住んでいて時に傭兵として活用されていました。その武力を活かして371の都市を従え、メキシコ高原に覇を唱えたアステカの末裔も、その最後は哀れなものでした。

 

そして一度は征服者として栄華を極めたコルテスも、その絶頂は長くは続きませんでした。一度は侯爵の位を授けられるものの、メキシコは結局スペインから派遣された副王が統治することとなり、コルテスは蚊帳の外に置かれてしまいます。

一代の梟雄が征服の果実を奪われていく姿にはつい因果応報という言葉を用いたくなりますが、それなら滅ぼされたアステカにはいったいどんな業があったというのか。太陽神に多くの人身御供を捧げたのが悪い、などと言えるほど単純な史観の持ち主は現在には存在していないでしょう。我々は本書に記された圧倒的な歴史の真実の前に、ただ立ちすくむことしかできないのです。