明晰夢工房

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ローグライク的価値観を持つと、人は何度でも挑戦できる

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最近、片道勇者でずっと遊んでいる。こういうローグライクというのは面白い。明確なストーリーはないが、アイテムや町、モンスターの配置などはランダムで決まるので何度プレイしても違う展開が楽しめるし、ジョブの種類も多いので攻略法も職ごとに変わってくる。1本で長く楽しめる作品だ。

 

ローグライクというのは簡単に言うと、トルネコシレンのようなゲームのことだ。マップがランダムに生成され、アイテムの配置もプレイのたびごとに異なる。主人公が死ぬとまたレベル1からのスタートになるので、プレイヤーは何度でも緊張感をもってゲームに臨めることになる。 

 

 

この種のゲームの特色は、プレイが運に大きく左右されることだ。

空腹なのに食料が手に入らないと死ぬし、ろくなアイテムがない状態でモンスターハウスに突っ込むと詰むし、あと1回攻撃すれば倒せるはずだったモンスターにたまたま攻撃が空振りすればそこでジ・エンドだ。

逆に、たまたま強い攻撃アイテムを持っていてモンスターハウスの敵を一掃できればレベルはたくさん上がるし、大量のアイテムをゲットできるし、いいことずくめだ。そういう理不尽さも、ローグライクの魅力のひとつだ。毎回のプレイそのものがストーリーになるから、ストーリーが必要ない。

 

ローグライクの世界における成功には、運が大きく関わっている。プレイヤーが何度も何度もこの手のゲームを遊んでしまうのは、次は幸運にもうまくいくかもしれない、という期待が持てるからだ。努力は必要だが、すべてが自己責任ではない。失敗するたびに「ここで死んだのは俺が下手だからだ」と自分を責めていたら、トルネコは「1000回遊べるRPG」にはならない。

 

 

「英雄たちの選択」によく出演している飯田泰之さんが、「人生の8割くらいは運」とどこかでいっていた記憶があるが、渾身の作品が受けるかどうかだって、ある程度は運で決まってしまうところがある。だから、1作にすべてを賭けてはいけない。結果がすべて実力の反映だと思っていたら、結果が伴わないともう次に挑戦する意欲がなくなってしまう。

 

逆に、当たるかどうかは運次第だくらいに気楽に構えていると試行回数を増やせるし、試行回数が増えればいつかは当たることもある。繰り返しているうちに実力もアップする。しょせん確率論の問題なら、当たるまでガチャを回し続ければいい。

 

先日、知恵泉に出演した為末学さんが「スポーツ選手って頑張れば夢が叶う的なことを言いがちですけど、それって逆に言えばうまくいってない人は頑張ってないってことになるんですよね」と話していた。頑張れば必ずゴールにたどり着く。これは1本道RPGの価値観だ。でも、現実はローグライクの方に近くて、大きく運に左右される。親が毒親だったりしたら、生まれたときからモンスターハウスに突っ込まれているようなものだ。天災のような理不尽なイベントもしばしば起きる。個人的に、「努力すれば夢は叶う」的な公正世界信念のようなものは、東日本大震災でかなり壊されたのではないかと思っている。

 

はっきり言って、頑張ってもダメなときはダメだし、頑張らなくてもうまくいくときはうまくいくのだ。そういうものだと知っていれば失敗しても過剰に自分を責めることもないし、次回のプレイではいい目が出るかもしれないと期待を持つこともできる。深刻になりがちな人ほど、ローグライク的価値観を取り込む必要があるのかもしれない。