明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなど

新撰組は「農村的」な組織だった──英雄たちの選択「土方歳三“明治”に死す 盟友・近藤勇の生死を握る決断」

昨日放映された英雄たちの選択「土方歳三“明治”に死す 盟友・近藤勇の生死を握る決断」が興味深かったのでメモしておく。

 

隊士の多くが武士ではなかったがゆえに、誰よりも武士らしくあろうとした集団──新撰組にはそんなイメージがある。しかしこの番組によれば、実際にできあがった新撰組というのはとても農村共同体的なものだったらしい。

新撰組の隊規は厳しく、士道不覚悟は切腹である。処分された隊士は40人ほどにのぼるが、これが本当の武士なら切腹にいたる前に閉門や蟄居など、いくつかの段階がある。これが新撰組だといきなり切腹となってしまうのは、彼等が武士ではないため、差し出せるものが命しかないからなのだ。

 

そして、このような厳しい処分が行われるのも、農村共同体における一種の同調圧力的なものが働いていたからだ、というのが磯田道史氏の指摘だ。彼に言わせれば、隊士が皆で同じ服を来て出動するなんていうのは武士だったら格好悪くてとてもできないことらしい。新撰組は当時の旗本よりもはるかに勇敢だったが、そういう意味では武士らしい集団ではなかった。土方が目指していたのは実際の江戸の武士ではなく、あくまで当人の理想としての武士の姿だろうからそれも仕方がないのだろうけれども。

 

そんな土方が多くの隊士を死に追いやったのは、中野信子氏に言わせれば彼が「愛情深い人だったから」、ということになる。組織を維持するために部下に辛くあたるのは、冷たい人にはできないということらしい。ちょっとよくわからない理屈だったが、それだけ新撰組という組織を愛しているからということなのだろうか。実際、土方が函館で戦っている頃には部下にも優しく接していたようだから、そちらのほうが土方の本性なのかもしれない。『新撰組!』のスピンオフ『土方歳三最期の一日』で山本耕史が演じた土方も部下には慕われていて、新しく新撰組に入隊した隊士が島田魁から「鬼の副長」と言われていた時代の話を聞かされる場面ではとても信じられない、という顔をしていた。

 

この番組では、新政府軍の砲火の前に身を晒して果てた土方の最期を「切腹」と表現していた。この番組では以前、榎本武揚が武士らしく切腹しなかったのは近代国家は刀ではなく法で決着をつけなければいけなかったからだ、と解説していたが、どこまでも武士らしくあろうとする土方にはその選択は取れなかったのだろう。すでに洋式の軍隊を使いこなしていた土方を明治政府が起用していればかなりの活躍が期待できただろうが、たとえば西南戦争で政府軍の指揮官として土方が西郷と戦う場面などはちょっと想像したくないので、やはり土方にはあの最期しかありえない。