明晰夢工房

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磯田道史『日本史の内幕』感想:磯田道史はおんな城主直虎の仕掛け人だった?

 

 

磯田道史という人はふしぎな人だ。まるで古文書の方から彼に近づいていっているかのように、磯田氏が立ち寄る古書店ではさまざまな貴重な史料が見つかる。「徳川埋蔵金」に関する史料から戦国時代の戦闘マニュアル、大田南畝の賛辞が書いてある掛け軸など、いたるところでこういうエッセイのネタになりそうなものが見つかるのだ。

 

もちろん、引き寄せの法則などが働いて古文書が磯田氏に吸い寄せられているわけではない。要は、磯田氏が無類の古文書マニアであり、探索能力が優れているからそういうものがあちこちで見つかるのだ。磯田氏がどれくらい古文書が好きかと言うと、古文書のためにわざわざ水戸市助教授の職に就くほどなのだ。

 

 水戸の町に住んだことがある。八年だから長い。一体、水戸の町は古文書のたぐいが面白い。黄門さま以来、水戸は歴史に執念を燃やした藩で、いろいろと史料があつまっている。それ読みたさに茨城大学助教授というものになって八年水戸にいた。

 

 『英雄たちの選択』を見ていても、この人は史料を読むのが好きで仕方がないんだろうな、というのが画面越しに伝わってくる。大変なことも多いだろうが、これもまた理想の人生の一つの形だろう。大好きなことで職を得られ、得られた知見をこうして本に書いて広めることができるのだから。

 

磯田道史の仕事は、歴史学者の範疇にはとどまらない。本書で告白しているとおり、磯田氏はNHKのドラマ関係者に、大河ドラマの朝ドラ化」を進言している。具体的にはこういうことを言ったのだそうだ。

 

「大河は有名な歴史人物は紹介しつくした。視聴者は信長・秀吉などの人生のあらすじを知ってしまってワクワクしない。一方、朝ドラは無名・架空の女性の生きざまを描く。先が読めずハラハラしながらみられるから視聴率が高いのは当然。思い切って大河を朝ドラ化してみては。大河は戦国物が当たる。戦国時代、女性で城主や武将だった人も少ないがいる。ここにそのリストがある」

 

こうして大河ドラマになりそうな人物の推薦リストを作り、ドラマ関係者に渡したのだそうだ。女性で主人公候補になったのが立花誾千代や甲斐姫、おつやの方、そして井伊直虎。この雑談が影響したのかはわからないが、蓋を開けてみれば磯田氏が一番大河ドラマ化は難しいと思っていた直虎が主人公になった。視聴率は振るわなかったが、『おんな城主直虎』はドラマとしては成功していたと思う。

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 こうした磯田氏の活動に対して、歴史家の本分を外れていると見る人もいるかもしれない。しかし大河ドラマの題材となった人物は世間の注目が集まり、研究が進展して歴史学に大いに貢献することもある。現に『真田丸』が放映されていた2016年には時代考証を担当した平山優、黒田基樹丸島和洋の三氏の著作が多く発表された。「国衆」という言葉を世間に知らしめたのも、あのドラマの功績だと言える。

 

最近、人文系学部を縮小する必要性が叫ばれている。歴史学含む人文学は、それ自体が直接企業社会に役立つものではないかもしれないが、磯田氏のような人物の活躍の場が狭められるのはさびしい。本書では、大河ドラマの舞台になるとその県の観光客が一割前後増えるという経済効果についても触れられている。こういう部分を強調していくことも、世知辛い時代に歴史学が生きのびるための一つの方策なのだろうか。