明晰夢工房

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世界史リブレットのおすすめの巻を紹介してみる

山川出版社からは世界史リブレットという小冊子がたくさん刊行されています。古今東西の多くのテーマを扱っていて、ページ数こそ少ないものの各分野の専門家が書いているため中身が濃く、コスパは決して悪くありません。姉妹編として『世界史リブレット 人』シリーズも刊行されていますが、こちらは簡潔な人物伝としても使え、人物を通してその時代をより深く理解するのに役立ちます。

なにしろ刊行数が多いのでとても全部は紹介できませんが、今まで読んだものの中から面白かったものを紹介してみます。

 

東アジアの「近世」

東アジアの「近世」 (世界史リブレット)

東アジアの「近世」 (世界史リブレット)

 

 

これはとても面白い。銀や高麗人参、鉄砲や生糸など、特定のモノを通じて東アジアの「近世」の誕生の時期について解説しています。ページ数の割に多くのトピックについて解説していて内容が濃いですが、特に満州における高麗人参や毛皮の交易で女真が力を伸ばしていく様子は興味深く、ヌルハチは武将であっただけでなく有力な「商業資本家」だった、という見方は明清交代期に新たな視座を与えてくれます。
銀経済を通じて北虜と南倭は密接な関係にあったことも説明されているので、明朝の政治経済や大航海時代のアジアに関心がある方には間違いなくおすすめです。

 

ビザンツの国家と社会

ビザンツの国家と社会 (世界史リブレット)

ビザンツの国家と社会 (世界史リブレット)

 


タイトルとおり、ビザンツ帝国の社会のあり様の変化を通じて、1000年にわたって続いたビザンツ帝国の歴史を簡潔に説明しています。ブルガール人やイスラム勢力など数多くの敵に囲まれていたため、対抗するためにビザンツ側も柔軟に国家組織を変化させていったことがわかります。同時代には文献敵傾向が強まった西欧とちがいビザンツでは集権的な国家機構を維持し続けられたのは、中央政府が全国土に対する徴税権を握り続けることができたから、と解説されています。

 

 中世ヨーロッパの都市世界

中世ヨーロッパの都市世界 (世界史リブレット)

中世ヨーロッパの都市世界 (世界史リブレット)

 

 

これ1冊で中世ヨーロッパの都市の成り立ちや、都市の生活の様子までひと通り知ることができます。フィレンツェやブルッヘなどの都市構造の図解があり、商人の活動や兄弟団、大学関係者など、都市の住人について簡潔な解説があり、施療院による社会福祉活動の様子も知ることができます。多くの都市は行政区分として小教区に分割されていて、それぞれの教区に教会が置かれているなど、中世都市の生活がキリスト教により規定されていたこともよくわかります。ヨーロッパ風ファンタジーを書く時の設定資料としても役立ちそうです。

 

中世ヨーロッパの農村世界

中世ヨーロッパの農村世界 (世界史リブレット)

中世ヨーロッパの農村世界 (世界史リブレット)

 

 


上記の『中世ヨーロッパの都市世界』とセットで読みたい一冊。11世紀において鉄製農具の使用や水車の利用により「農業革命」が起こり、人口増加が起こってヨーロッパ社会に大きな変化が起きたことが解説されます。この人口増加はヨーロッパの外部への拡大をもたらし、十字軍や東ドイツの植民運動などが引き起こされます。農村の一年の生活や衣食住についても簡潔な説明がありますが、農民の生活についてはそれほど詳しく書かれていません。農業生産の変化が歴史に与えた影響を知るうえではとても役立つ一冊と思います。

 

 中国史のなかの諸民族

中国史のなかの諸民族 (世界史リブレット)

中国史のなかの諸民族 (世界史リブレット)

 

 

匈奴から清朝の時代に至るまで、中国の周辺の異民族の支配体制や文化などについて簡潔に解説しています。この本の特徴として、北方の遊牧民に比べて軽視されがちな南方の異民族についても解説していることがあげられます。三国志における呉を悩ませた山越族や清の苗族についての説明があり、現代中国における民族差別にまで言及されています。一冊で中国史における異民族について抑えたいときには便利です。

 

安禄山─「安史の乱」を起こしたソグド軍人

 


世界史リブレットにはオーソドックスな人物伝と、「人物を通して時代を見る」という趣のものがありますが、これは後者です。安禄山の人物像や楊貴妃との関係などはほとんど描かれず、かわりに安禄山の出自やソグド人、唐と突厥の関係などについて詳述されています。安禄山の乱を単に玄宗との関係で見るのではなく、ソグドや突厥などの異民族によるある種の「独立戦争」という見方がここでは展開され、東アジア史の大きな枠の中での安禄山の歴史的意義が浮かび上がってきます。物語的な面白さを求めて読むようなものではありませんが、北アジア遊牧民やソグドの働きについて知りたい方には間違いなくおすすめです。

 

フリードリヒ大王:祖国と寛容

フリードリヒ大王: 祖国と寛容 (世界史リブレット人)

フリードリヒ大王: 祖国と寛容 (世界史リブレット人)

 

 

 

saavedra.hatenablog.com

これについては以前エントリを書きましたが、こちらはオーソドックスな人物伝で、手堅いフリードリヒ2世についての入門書として使えます。人口が足りないため積極的に移民を用いて国力を増大させた大王の手腕や、啓蒙専制君主としての業績について知ることができます。フリードリヒ2世に至るまでのプロイセン市についての解説も面白く、大王の父である「軍人王」フリードリヒ・ヴィルヘルム2世は戦争より内政に力を入れた王だったことも書かれています。

 

マリア・テレジアとヨーゼフ2世─ハプスブルク、栄光の立役者

 

フリードリヒ大王を知るならやはり宿敵のこの人についても知っておきたいところです。こちらも簡潔な伝記となっているのでマリア・テレジアについての入門書として活用できます。ルイ16世に嫁いだ娘に比べて賢く、「恋愛結婚」したというエピソードからなんとなく暖かい家庭人のようなイメージもあるマリア・テレジアですが、国民の経緯を集めるため絵画芸術を積極的に使ったことも解説されており、実際にはかなり政治的な人物だったことがよくわかります。夫のフランツも起業家として有能でマリアの重商主義を財政面から支えていたなど、知らなかった知識も補完できました。

 

 ウルバヌス2世と十字軍─教会と平和と聖戦と

ウルバヌス2世と十字軍―教会と平和と聖戦と (世界史リブレット人)
 


こちらも安禄山同様「人物を通じて時代を見る」という色の濃い一冊です。第1回十字軍の内容については簡潔に触れられる程度ですが、十字軍が始まるまでのヨーロッパ社会のあり方やビザンツ帝国の直面していた危機について、かなり詳しく書かれています。ウルバヌスとはあまり関係ありませんが、マラズギルドの戦いにおけるビザンツ軍の編成がなぜかけっこう詳しく書かれていて、これを知れたことが個人的には収穫でした。
興味を惹かれたのはフランスにける神の平和運動で、ウルバヌスがこれを利用し、騎士階級のエネルギーを異教徒へ向けてまとめあげていったことが解説されています。騎士同士の争いのエネルギーを外に向ければ西欧の「域内平和」が達成され、同時に異教徒を討伐する武力としても使えるというわけですが、惣無事令を発しつつ朝鮮に攻め込んだ秀吉のこともなんとなく想起されます。

 

 アレクサンドロス大王─今に生き続ける「偉大なる王」

 

ギリシア人の物語に比べればこちらはかなり冷静というか、大王の負の部分にも触れている人物伝です。大規模な遠征によりギリシア文化を東方に広げたアレクサンドロスの業績を評価しつつも、それはあくまで征服の結果によって起こったものだとし、目的ではなかったという見方が示されます。バクトリアやソグディアナにおける虐殺に等しい戦い方についても評価が厳しく、東征の動機についても偉大な父フィリッポスを超えたいという動機があったとしています。アレクサンドロスの生涯は、父へのコンプレックスに悩まされた一生でもあったようです。


本書ではアレクサンドロスの研究史についても簡潔に紹介されていて、実はローマ共和制期まではアレクサンドロスよりもむしろ父フィリッポスのほうが高く評価されていた、という興味深い事実も知ることができます。そして近年はアレクサンドロスについては否定的な評価が多く、これに対して欧米ではフィリッポス2世の評価が高まっていることにも触れられています。息子の評価の影に隠れがちだったフィリッポスの評価がローマ共和制の時代に戻りつつあるというのも、なにか感慨深いものがあります。英雄としてではない、等身大のアレクサンドロスについて知りたい方には間違いなくおすすめです。

  

 カール大帝─ヨーロッパの父

 

カール大帝の簡潔な伝記としても使えますが、本書の大きな特徴として「世界システム論」を用いた解説が行われている、ということがあげられます。アンリ・ピレンヌの有名なテーゼとして「マホメットなくしてシャルルマーニュなし」というものがあり、これはイスラム勢力がの進出によりカールはアルプス以北に引きこもって国力の強化を図らなければならなかった、というものですが、本書におけるカール大帝イスラム勢力の関係性は全く逆です。

つまり、イスラム圏におけるバグダードやサーマラーなどの都市建設事業は経済を活性化し、これがフランク王国の経済発展をも促したということです。イスラームの巨大な経済圏があってこそ、カールの覇業も成し遂げられたという見方は、初期中世史に新しい視角を与えてくれます。事実、ヨーロッパからは刀剣や奴隷、ガラス製品などが輸出されていましたが、後ウマイヤ朝のアンダルシア地方ではこれらの品がよく売れていました。カール個人の資質を語るだけでなく、こうした巨視的な視点に立ることでより深く西欧史が理解できる、ということを教えてくれる一冊です。

 

 ティムール─草原とオアシスの覇者

ティムール―草原とオアシスの覇者 (世界史リブレット人)

ティムール―草原とオアシスの覇者 (世界史リブレット人)

 

 

中央アジアの地名や人名には聞き慣れないものが多いですが、およそこれを買うような人にとってはその辺は問題ないでしょうか。チンギス・カンと比べれば建設者としての業績が多いと言われるティムールですが、そこはやはり遊牧民でもあるので破壊者としての一面も少なからず持っていて、イスファハーンでの大量殺戮と「首の塔」を気付いたことなどはチンギス・カンと酷似していると評されています。

為政者としてのティムールの功績といえばサマルカンドを発展させたことですが、これも結局は被制服地から多くの職人を移住させて成し遂げたことであって、開明君主と征服者としての両面が一人の人物の中に同居していたのだ、ということがよくわかります。ティムールを扱った本は少ないので、手堅い入門書として重宝すると思います。

 

 

世界史リブレット 人シリーズはまだまだ刊行予定の人物が多く残っています。個人的にはホンタイジやアルタン・ハン、ワシントン、光武帝、ノルマンディー公ウィリアムなどを楽しみにしています。