明晰夢工房

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チンギス・カンは「鉄の申し子」だった──白石典之『チンギス・カン "蒼き狼"の実像』

 シヴィライゼーションをプレイした人なら誰でも理解できるのは、資源の重要性だ。プレイ初期に銅や鉄などの重要資源を確保できるかで勝負が決まったりする。Civ4では銅がなければ斧兵が作れないし、鉄がないと剣士を作ることができない。強い軍隊を作るには鉱物資源が不可欠なのだ。

 

そして、モンゴル族の台頭にもこの鉄資源が大きく関わっていた、ということが本書『チンギス・カン "蒼き狼"の実像』で詳しく書かれている。これは考古学者である著者ならではの視点だ。文献史学だけではなかなかこういうところがわからない。

本書によると、モンゴル高原は鉄資源には乏しい場所であったらしい。このためチンギスは他の場所から鉄を調達する必要があった。テムジン(後のチンギス)は最初ケレイト族のトオリル・ハーンに使えていたが、ケレイトは隣接しているメルキトから鉄資源を入手していたが、チンギスの強大化を恐れて彼に鉄を分配するのをやめてしまった。これがチンギスがトオリルから離反する原因となったらしい。鉄こそが一族を強大化させるのに欠かせないということを、トオリルもよく知っていた。

 

実際、チンギスは即位した1207年に、高原周辺の最大の鉄の産地であるケムケムジュートを攻撃している。チンギスはモンゴル高原周辺の主要な鉄産地をすべておさえることができたが、こうして集められた鉄は草原の軍需工場で利用されることになった。その遺跡のひとつであるアウラが遺跡が本書では紹介されているが、この遺跡には遠く山東半島から持ち込まれた鉄も出土している。チンギスは1213年に山東省の諸都市を攻略しているが、中華の地に入ってもやはりチンギスは鉄を求めていた。中央アジアの覇者となったチンギス・カンは、優秀な「リアルCivプレイヤー」でもあった。

 

この頃の戦争では、鉄はかなり重要性を増している。11世紀には後バイカル地方で骨に変わり鉄の鏃が多く用いられるようになっているし、騎馬軍団の馬具にも鉄は欠かせない。チンギスの勢力の拡大には、鉄資源が大きく貢献していたのは間違いないだろう。時代をさかのぼってみると、突厥の起源と言われるアルタイでは突厥柔然の鉄工として働いていた。突厥の強大化もまた、鉄が関係していたと考えられる。遊牧民と鉄は切っても切れない関係があるのだ。

 

こういうものを読んでいると、考古学というのも面白いものだなと思う。歴史を物質面から裏付けていく作業というのは、大変ではあっても大いにやりがいのある仕事だろう。白石氏のモンゴルでの発掘の現場は以前NHKで放映されているのを見たことがあるが、「どうせ叶わぬ恋ならばトレンチ掘って忘れよう」という考古学者の歌が印象的だった。失恋の痛手も忘れられるほどに、考古学とは魅力的な学問だといえるだろうか。