明晰夢工房

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ヒアリなんて序の口!「痛みの鑑定人」昆虫学者が虫刺されの痛みを科学する『蜂と蟻に刺されてみた―「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ』

 

蜂と蟻に刺されてみた―「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ

蜂と蟻に刺されてみた―「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ

 

 

「○○してみた」もここまでくると命がけだ。「痛みの鑑定人」「毒針の王」の異名を持つ昆虫学者ジャスティン・O・シュミットは、世界中の蜂と蟻に刺されることで虫刺されの痛みの尺度である「シュミット指数」を作成しているが、この指数によるとヒアリに刺された痛みですら4段階のレベル1,つまり最も軽い痛みでしかないらしい。上には上がいるのだ。それぞれのレベルの痛みはどの程度かというと、たとえばこんな具合である。

 

・レベル1(ヒアリ)    ……ちくっとくる軽い痛み。

・レベル2(ホーネット)  ……ずしんと来る強烈な一撃。

・レベル3(シュウカクアリ)……悶絶するほどの激痛が12時間以上続く。筋肉組織が次から次へとヒト喰いバクテリアに破壊されていくみたいに。

・レベル4(サシハシアリ) ……目がくらむほどの強烈な痛み。かかとに三寸釘が刺さったまま、燃え盛る炭の上を歩いているような。

 

本書の巻末には、このように様々な蟻や蜂に刺されたときの痛みのレベルと、感じる痛みが一覧表として載っている。それぞれの昆虫が与えてくる痛みの表現は「神々が地上に放った稲妻の矢」だとか、「火山の溶岩流の真っ只中に鎖でつながれているみたい」など、文学的でどことなくユーモラスでありつつも読んでいて恐ろしくなるものばかりだ。こんな描写が延々12ページも続いているのだが、科学者の好奇心とはこのような痛みすら自分の身体で試したくなるほど強力なものなのだろうか。

 

日本人からすればヒアリだって十分な脅威なのだが、本書によればヒアリの恐ろしさとはその繁殖力の強さにあるようだ。シュミットは、「私達がヒアリとの戦いに勝ったことはあるのだろうか?まったくなし」と言う。アメリカ南部では殺虫剤を用いて大規模な駆除を行ったものの、結局ヒアリと競合するアリを排除してしまったため、かえってヒアリの繁殖を助けてしまった。一握りの働きアリから4年で15万匹を擁するコロニーを作り上げるヒアリに比べれば、ヒアリのライバルたちは早く繁殖できない。しかしこの厄介なヒアリも人間にとっては「良き友くらいにはなれるかもしれない」存在なのだそうで、ヒアリを利用すれば農地や牧草地の害虫を食べてもらうこともできるらしい。そうとわかっていても、こちらに痛みを与えてくるだけでも十分に脅威なのだが。

 

しかし、このヒアリの痛みがシュミット指数ではレベル1ということになっている。では、レベル4の昆虫が与えてくる痛みとはどれほどのものか?本書の第10章「地球上で最も痛い毒針」に、レベル4の痛みを与えてくるサシハシアリのことが詳述されている。サシハリアリはアマゾン川流域ではトゥカンディラと呼ばれているが、このアリに刺された痛みは弾丸に撃ち抜かれたようなものだということで、「ブレットアント」とも呼ばれている。ブラジル人には、このアリが4匹いれば人間をひとり殺せるともいわれるほどだ。

 

これほどの激痛を与えてくるサシハシアリを、驚くべき用途に用いている民族がいる。アマゾンのアラランデウアラ族ではなんと、このアリの痛みに耐えることを男性の通過儀礼に使っているのだ。サシハリアリを挟み込んだ筵を少年の腹や太ももなどに巻き付け、刺される痛みに耐えられたら薬草を調合した飲料を与えられるというのだが、ヒアリすら恐れる我々にはその苦痛がどれほどのものか想像もつかない。この民族にとり、大人になるとはかくも過酷なものなのだ。

 

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『バッタを倒しにアフリカへ』の著者は砂漠でサソリに刺されていたが、シュミット指数ではサソリの与える痛みレベルはどれほどのものだろうか。シュミット指数はサソリについては何も語らないので、それはわからない。『バッタを倒しにアフリカへ』はバッタ研究にまつわる著者の苦労話が面白い本だったが、この『蜂と蟻に刺されてみた』は昆虫の生態そのものが恐ろしくも面白い本だ。昆虫の刺針が産卵管から進化したこと、人の汗を舐めるコハナバチ、人を刺せないが刺すふりをする雄蜂の挙動など、本書には蜂と蟻の世界の不思議がたくさん詰まっている。イグ・ノーベル賞を受賞している著者の語り口は軽妙で読みやすく、ヒアリに興味のある人もない人も、ともに興趣つきない昆虫学の世界へと誘ってくれるだろう。