明晰夢工房

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カクヨムの超おすすめ短編小説が勢揃いしている『第八回本山川小説大賞』のご紹介

これはカクヨムの自主企画なのですが、先日「第八回本山川小説大賞」という企画が行われました。もともとは「本物川小説大賞」として七回まで行われていた企画ですが、今回はラノベ読みVtuberの本山らのさんを審査員に加えているのでこういう名前に変わっています。ちなみに、本山さん以外の二人の審査員はプロ作家です。

 

この企画は回を重ねるごとに参加作品の水準が上がっていて、最近はプロも参加するようになっているのですが、この第八回は特にレベルが高く、参加作品も127作品という過去最高の作品数になっています。

この大賞は3人の審査員が受賞作を選ぶシステムになっていますが、受賞作はどれも相当な読みごたえがあるので、カクヨムのおすすめ作品って何があるの?と思う方はまず受賞作から読んでみることをおすすめします。この企画はレギュレーションが1万字以上2万字以下となっていて、参加作品はどれも短編なので読みやすいはずです。受賞作の講評はこちらのエントリに書かれています。

 

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大賞受賞作『CQ』についてはさん屋久ユウキさん(弱キャラ友崎くんの著者)も絶賛しています。この作品はラノベ読みVtuber本山らのさんによる朗読まであります。

 

上記のエントリを読むとおわかりの通り、この企画では122作すべての参加作品について、3人の審査員からの講評が書かれています。小説を書いている方はこれを読んでいるだけでも勉強になりますし、面白い作品を探すために講評を呼んでいて気になった作品を読んでみるという読み方もできます。いずれにせよ、全参加作品についてこれだけガチな講評をしている企画はなかなかないと思いますので、一度読んでみることをおすすめします。以下、私のお気に入り作品をいくつか紹介します。

 

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全122作の中で私の一番のお気に入りはこれです。惜しくも大賞は逃しましたが、これはもう完全にプロレベルの作品です。内容的には『明日に向って撃て!』のようなバディもののクライムアクションですが、これが14000字程度の短編であるとは信じられないくらいの密度の濃さで、読み終わったあとには良質の映画を一本観終わったくらいの余韻が残ります。上手い小説ほど余計なことは書かれていないものですが、この短さでしっかりとキャラを立たせ、情感あふれるラストまで読者を引っ張っていく手腕は驚くべきもの。

 

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こういうバカ小説も読めるのがアマチュアの企画の面白さ。兄と妹がトイレを奪い合うというだけの内容ですが、会話のテンポが良いのでそのまま最後まで読んでしまう。オチが思いもかけず壮大なところもいい。

 

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電撃文庫『ゼロの戦術師』著者による爽やかな恋愛短編。プロの書いたものだけあってさすがに完成度が高い。作中にある仕掛けがあり、主人公がなぜ「普通」であることにこだわっているのか、が最後にわかるようになっていますが、こうしたサプライズがひとつあるだけでも作品の印象がぐっと良くなることがよくわかります。多くの作品に埋もれないためにプロがどのような工夫をしているのか、を学ぶうえでも参考になる作品と思います。

 

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戦乱の世をしたたかに生き抜いた娼婦の話。女王に瓜二つの容姿を持つ娼婦の独白という形で書かれていますが、分別盛りのはずの将軍をも嘲弄し振り回す主人公の一人語りは、まるで本当にこういう人物が存在しているかのような奥行きを感じさせます。これは、「人間を書く」とはどういうことか、いう問いへの一つの回答であり得るでしょう。

 

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 主人公のメンタルケアを行うイケメンAIとのやりとりがとにかく面白い。AIなのに奇妙な人間味を持つこのプログラムとのやり取りを見ていると、人間とはなんなのか、を考えさせられます。

 

以上、5作品だけ紹介しましたが、まだまだ多くの優れた作品がこの企画には集まっています。選考途中でのピックアップも紹介されているので、こちらから読んでみるのもいいかと思います。

 

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 私はこの企画の講評を読んでいて、「創作物はどのように評価すればいいのか」ということをずっと考えていました。短距離走などとは違い、小説というのはだれもが納得できる客観的な指標で評価を下すことはできません。評価には必ず審査する人の主観が入り込むので、何をいいと思うかは人それぞれ、すべての作品に優劣はないのだ、という立場をとることもできます。

  

クドリャフカの順番 (角川文庫)

クドリャフカの順番 (角川文庫)

 

 

米澤穂信クドリャフカの順番』には、「すべての作品は主観の前に等価なのか」という言葉が出てきます。読む人が違えば作品の評価も変わる、これは一面の真実です。ですが、今回の第八回本山川小説大賞では、講評エントリの最後を読めば分かるとおり、『CQ』は審査員三人が全員大賞に推しています。他の作品については意見が割れていますが、やはりなにが優れた作品は見る目のある人から見れば一目瞭然、ということだと思います。

 

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これは、第七回本物川大賞についても同じことがいえます。このときの大賞作品である「幻獣レース クリプテッド・スタリオン 第100回アルバトゥルス王国杯」は、やはり審査員全員が大賞に推していました。やはり頭ひとつふたつ抜けた出来の作品というものはあるものなので、そこを「評価は人それぞれだから」と全て平らにならしてしまうことはできません。確かに、審査員が複数いればその中で作品の評価は割れます。ですが、意見が割れるのはあくまで一定のレベルを超えた作品の中でどれを選ぶか、という話であって、まず審査員の目に留まる、受賞作候補に上がれるというラインをクリアしている必要はあります。「評価は人それぞれ」というのは、そこから先の話なのだと思います。そして、圧倒的に優れたものを書ければ、好き嫌いという主観の差も超えて審査員の評価は一致することもあるのです。

 

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では、評価に値するような、優れた小説とはどう書けばいいのか。今回は全部で122作もあったので、これだけ読んでいればある程度の答えが見えてきます。それが、審査員である大澤めぐみさんの上記のエントリでの分析です。短編小説の企画なのでこれは短編小説についての分析ですが、これはこれから小説を書いてみよう、という方にも非常に参考になるものだと思います。