明晰夢工房

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読者に「人間とは何か」を問いかけるダークファンタジー。大澤めぐみ『君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主』

君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主 (角川スニーカー文庫)

君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主 (角川スニーカー文庫)

 

 

デビュー作『おにぎりスタッバー』では「石版」とも評されるみっしりと文字の詰まった文体で猟奇やファンタジーやらが入り混じったカオスな青春劇を書いたかと思えば、『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる』では非現実要素のまったくない高校生四人の地に足の着いた恋愛群像劇を展開したりと、作品ごとにがらりと作風を替えてきた鬼才・大澤めぐみ。そして今回の新作『君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主』は、世界を敵に回して戦い続ける「災厄の魔女」が主人公のダークファンタジーだ。この作者、本当にどれだけのカードを隠し持っているのかわからない。

 

まず主人公のアニーが冒頭から人を殺しまくっていることに驚く。「災厄の魔女」の異名をとるアニーは世界最強レベルの計算能力を持つため、他のどの方術士よりも早く「魔方」を展開できる。チート級の能力を持つ彼女が連れている相棒にして弟は、こちらもまた世界最強レベルの破壊力を持つ人間兵器ともいうべき存在であるアーロンだ。二人は世界に満ち満ちている「善き人」を相手取り、戦っている。無償の愛を唱える聖女ユディトに率いられ、戦争すら放棄する「善き人」と戦い続ける彼女たちは悪なのか。もちろんそうではない。アニーが一見人畜無害な「善き人」を殺し続ける理由は、読み進めるうちにわかってくる。

 

この物語は、アニーとアーロンが世界を相手取り戦う現在パートと、なぜ二人が「善き人」を敵に回すことになったのか、二人はどうやって出会ったのか、を語る三年前のパートが交互に語られる。物語が進むとやがて世界の真相が明らかになり、二人が人間を殺しまくっている理由もわかってくる。ネタバレになるので詳しいことは語れないが、この作品の根幹にあるのは「人間とは何か」という問いだ。愛を説き、世界を覆い尽くす「善き人」を人間と認識できるのなら、戦う必要はない。しかし、アニーはそう考えない。だから「善き人」を皆殺しにしなくてはならない。

 

この物語には、アニーの幼い頃からの親友であるユージーンという人物が出てくるが、彼女は「善き人」の側についてしまう。アニーとはまったく反対の道を選んだ彼女だが、そこには深い人間観の対立がある。ユージーンにとっては「善き人」が人間であるかということよりも、もっと大事な命題がある。この世界をより良くするためには、「善き人」の側につくのもある意味現実的な選択であって、私自身もユージーンの選択を支持しそうになる。この道を選べば、世界は間違いなく平和になる。ただし、人は(従来通りの意味での)人間ではいられない。それを受け入れられるかどうかだ。

 

アニーは結局、ごく個人的な理由から、ユージーンを含む「善き人」と戦う道を選ぶ。結局、人間とは何なのか?という問いへの答えはそう簡単には出ないのだが、大義名分や社会のためなどではなくただの一個人の感情のために戦うアニーはとても人間らしいと感じる。彼女が人間であり続ける以上、「善き人」とは決して相容れることはない。そして人間であり続けたいという彼女の気持ちは、アニーだけのものだ。なにせ彼女は「ひとりぼっち」なのだから。相棒のアーロンがいるはずなのに、どうしてアニーが「ひとりぼっちの救世主」なのか。それは最後まで読めば深く納得できるはずだ。最後に明かされる真実に、きっと読者は打ちのめされるだろう。

 

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こちらを先に読んだ読者ならこの作者がこういう話も書くのか……と驚くはず。

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カクヨムで無料で公開されているホラー「ムルムクス」も面白いのでお勧め。これと似たようなホラーはそうそうない。