明晰夢工房

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蜀という「ブラック国家」の実態を描く『劉備と諸葛亮 カネ勘定の「三国志」』

 

劉備と諸葛亮 カネ勘定の『三国志』 (文春新書)

劉備と諸葛亮 カネ勘定の『三国志』 (文春新書)

 

 帯では三国志の「英雄」は全員悪人!?』と煽っていますが、読んでみるとそれほど劉備諸葛亮の悪い面ばかりが強調されているわけではなく、この二人の等身大の姿を史実に基づいて書いているという内容でした。

タイトルに「カネ勘定」と入っているとおり、本書では後漢末期から蜀漢政権に至るまで、三国時代の経済政策についても比較的くわしく触れています。高島俊男が「三国時代は下部構造がよくわからない時代」と言っているように、史料上の制約でこの時代は社会経済史が書きにくいようですが、それでも曹操屯田制や劉巴の貨幣政策などを取り上げ、できるだけこの時代の経済事情について書こうとしているのが本書の良いところ。

とはいえ堅苦しい本ではなく、呂布の乗っていた赤兎馬はポニー程度の大きさだった、といったエピソードもたくさん盛り込まれているので構えることなく気軽に読むことができます。著者の柿沼陽平氏は在学中に『三国志Ⅹ武将FILE』を執筆した俊才。

 

本書で一番印象に残った点は、どうやら劉備諸葛亮の作り上げた蜀漢政権はかなりの「ブラック国家」だったらしい、ということです。諸葛亮の計画ではもともと荊州益州の二州の力で魏や呉に対抗していくことになっていたわけですが、ご存知のとおり荊州は奪われてしまったため、益州一州だけで他の二国と渡り合っていかなければいけなくなりました。その結果、蜀の兵員数は人口に比して異常なほどにふくれあがってしまったのです。

 

こうして保持された蜀漢の兵は、三国時代の人口統計を駆使すると、ほぼ十万人であったとみられる。輜重部隊を抜くと、実戦部隊はせいぜい数万人であろう。(中略)これにたいして蜀漢の戸籍登録上の人口は百万人前後であった。これは地主の申告した数値に過ぎず、じっさいにはより多くの民が地主の支配下にいたはずであるが、この登録数に従うと、蜀漢中央政府は、約百万の人口・約十万の兵卒・約四万の官吏を抱え、その数値を基盤として財政を運営していたとわかる。これは、総人口の約六,七人に一人が官吏や兵卒であったことを意味する。(p214)

 

前漢時代には総人口が五千万人で兵役従事者が70~80万人と推定されているので、これに比べても蜀の兵士の比率の高さは異常といえます。蜀では諸葛亮が南征をはじめて以来、ほぼ毎年対外遠征が繰り返され、そのたびに6~8万人の兵士が動員されています。毎年人口の一割程度の人間が兵士として動員される体制が確立していた蜀では、民衆の負担はとても大きかったことでしょう。

 

諸葛亮という人の軍事能力は実際どんなものだったのか、は今でも議論の的になることがあります。本書ではその点には触れていませんが、諸葛亮の統治能力についてはきわめて高く評価しています。実際、諸葛亮は南征を行ったあとに夷人の精鋭部隊と一万余家を成都に移住させ、五部に分割することで巧みにその力を弱めています。この夷人の精鋭部隊はのちに北伐でも活躍しています。「漢を復興する」という諸葛亮大義は、蜀の南方の少数民族の犠牲の上に成り立っているものだったのです。

 

諸葛亮の南征の目的は、資源の獲得です。少数民族の住処だった南中は塩や鉄、金銀や犀の皮などを産するため、これらの資源から得られた利益が北伐に用いられることになりました。南中で賦役と兵役が課さたことで益州本土の負担が減ったため、たび重なる北伐にも不満が出なかったといわれますが、それは結局軍事をすべてに優先し、南方で得られた利益を民の生活に還元することがなかったということでもあるのです。

 

このような蜀漢政権の実態を考えると、蜀の民衆にせよ南方の少数民族にせよ、劉備諸葛亮という外来者の都合にひたすら振り回されただけではないのかという気もしてきます。彼らがどんな気持ちだったのかは、史料は語ってはくれません。本書では「軍事最優先型国家」と評価されている蜀漢の民の心中は、あくまで現代人が想像するしかないのです。

 

もっとも、彼ら自身は歴史書を書き残していない。彼らの苦しみは忘れられる。逆に、それから数百年語、中国本土で諸葛亮が神格化されるにつれ、皮肉にも、中国本土に憧れる南蛮西南夷諸葛亮を崇めはじめる。みずからの祖先が諸葛亮に支配されたことを、嬉々として語りはじめる。『演義』では諸葛亮のライバルとして、数々のキャラクターが創作される。そして清代となると、とうとう木鹿大王や金環三結といった『演義』の登場人物を、みずからの祖先とみなす種族まで登場する。よりにもよって諸葛亮に惨敗する想像上の人物を祖先とする清代の現地民の心裡は、もはや知りようもない。(p203)

 

気軽に読めるのに内容がかなり濃いので、史実の三国志を知る上でかなり役立ちそうです。このエントリにもいずれ追加したいところ。

 

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