明晰夢工房

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『GENESIS 一万年の午後』感想:これはSF初心者にもおすすめできる粒揃いのアンソロジー

 

 

カクヨムに公開されている名作短編『森島章子は人を撮らない』の秋永真琴の短編が読めるなら買わないわけにはいかない、というわけで手にとったSFアンソロジー。全体として科学や技術のあまりわからない私のような人間にも読みやすかったので、SF初心者にもおすすめできる短編集に仕上がっている。それぞれの作品の前には編集者による作者の紹介もあるので挙げられている作者名がわからない読者にも親切仕様。加藤直之と吉田隆一のエッセイも載っているが、こちらも面白い。

 

では、以下にそれぞれの作品の寸評を書いておきます。

 

・久永実木彦『一万年の午後』

叙情SF、とでもいえばいいのだろうか。人間により作られたロボット「マ・フ」たちが「聖典」に従い宇宙を観測し続ける様子を描いているが、情景描写が美しく、人間の存在しない世界であるにもかかわらず雰囲気がとてもウェットだ。「特別」であることを否定されているロボットたちだが、ある事件をきっかけに己のうちに感情らしきものが芽生えていく──というストーリーだが、最後の一行が実に視覚的で良い。タイトルを冠する作品にふさわしい品格をたたえた名作。

 

高山羽根子『ビースト・ストランディング

重量上げならぬ「怪獣上げ」がスポーツとして流行している世界を描いた作品。リフティングの選手とスタジアムの売店の店員の視点が入れ替わる形で話が進むが、奇妙な設定を楽しむタイプの話だろうか。キオスク店員とサーチャーのロボットとのやり取りに独特な味がある。

 

・宮内悠介『ホテル・アースポート』

宇宙エレベーターが存在するさびれかけた小国のホテルを舞台に展開するミステリ。トリックが多少SF風味というか、未来技術の関係する話になっている。どこか物悲しいホテルの雰囲気やオチの切なさも楽しめる良作。

 

・秋永真琴『ブラッド・ナイト・ノワール

とある事情から登場人物の多くがメガネをかけているお話。「王族」の王女様と吸血鬼の血を引く「夜種」の交流を描く物語だが、これはSFというよりはファンタジーよりの作品。ヒロインである王女様の健気さと無愛想だが王女様の願いを叶えることを第一に行動する主人公が魅力的。タイトル通り闇社会を扱った物語でもあるが、余韻を残すラストはむしろ『ローマの休日』に近い味わいもある(もちろんストーリーはぜんぜん違う)。

どういうものを書く作者か知りたい方はぜひカクヨムに公開されているこちらの作品を読んでみてほしい。

 

kakuyomu.jp

・松崎有里『イヴの末裔たちの明日』

AIの普及で失業者が続出し、かわりにベーシックインカムが完備した未来社会。唯一経験のある事務の仕事はなかなか見つからないので、治験ボランディアのアルバイトをはじめるがここで投与される薬の効果は実は……というストーリーだが、星新一ショートショートのような読後感が味わえた。幸せとは結局主観であるというなら、このような形でもたらされる幸せもまたアリということだろうか。

 

・倉田タカシ『生首』

タイトル通り生首にまつわる物語。全体として昨日見た夢について延々語られている雰囲気で、実際ストーリーのかなりの部分が夢の中で見た生首の話なのだが、それでも最後まで読んでしまうのは筆力のなせる業か。このアンソロジー中一番の怪作。

 

・宮沢伊織『草原のサンタ・ムエルテ』

全身を機械化した特殊部隊が、人間に憑依した地球外生命体と戦うアクションSF。この生命体に憑依されている少女ニーナは味方の側だが、このヒロインがキュート。今回は百合成分はないが、密度の高いSFバトルが楽しめる。この設定でもっと長編を読みたい。やはり未来の東北は秘境か……

 

・堀晃『10月2日を過ぎても』

 次々と災害が襲う大阪の日常を枯れた筆致で綴る作品。日記風の文章が淡々と続いているが、これは若い人には出せない味だろうか。周囲に多少災害の被害が出ようが、自分という小宇宙は何も変わらない──それが老境にさしかかった主人公の心中というものかもしれない。