明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなどなど

明晰夢工房選・2018年のおすすめ新書ベスト5

今年もいろいろな本を読みましたが、今年読んだ本ではとくに新書が豊作だったので、2018年に発売された新書のベスト5を紹介します。このブログなのでどうしてもジャンルが歴史系に偏りますがそこはご容赦を。

 

呉座勇一『陰謀の日本中世史』

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保元・平治の乱関ヶ原の戦いに至るまでの歴史上の陰謀論を中世史の最新知見をもとに次々と論破していく本。著者は『応仁の乱』ですっかり有名になった呉座勇一氏。『応仁の乱』は経緯そのものが複雑なので多少読みにくさはありましたがこちらはかなり読みやすく仕上がっています。とくに本能寺の変の珍説奇説への批判はかなり力が入っているので、信長に興味のある方はぜひ一度手にとって見ていただきたいところ。

最終章の「陰謀論はなぜ人気があるのか?」も読みごたえがあります。陰謀論にはまる人に高学歴やインテリの人が少なくないのはなぜなのか、もこれを読むとわかります。陰謀論批判など学者の業績にはまったくならないにもかかわらず、呉座氏がこれを書かなくてはいけなかった理由もここに書かれています。

 

黒崎真『マーティン・ルーサー・キング 非暴力の闘士』

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キング牧師という人は有能な演説家だっただけではなく、冷静な戦術家でもあったことを指摘している本。非暴力のワークショップの解説で書かれている通り、非暴力とは学習できるものであることである反面、それを維持していくことの困難さについても思い知らされます。非暴力を「生き方」そのものとしなくてはならなかったため、その後半生では反戦もキングの掲げた目標であったにもかかわらずアメリカの「公的記憶」からはそれは削除され、あくまで「公民権運動の指導者」とされていることからも、非暴力を貫くことの困難さが浮かび上がってきます。

 

清水克行『戦国大名と分国法』

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岩波新書堅苦しい内容のものが多いというイメージがありますが、これはたいへん面白く読める本。戦国時代の分国法についての解説本ですが、ほとんど当主の愚痴に近い「結城氏新法度」や「日本版マグナ・カルタ」ともいわれる六角氏式目など興味深いトピックが多く、最終章では分国法などいらなかったのではないかという衝撃の結末が用意されています。戦国で最も整備されていたという今川仮名目録を作った今川氏が滅びてしまった事実を見ると、むしろ法整備に力を入れた戦国大名たちは時代に先行しすぎていたのではないかと思えてきます。法の支配が求められているのは、戦国の世が終わり平和になった徳川幕府の時代だったからです。

 

秋山晋吾『姦通裁判 18世紀トランシルヴァニアの村の世界』

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東ヨーロッパの辺境の村の生活を綴った新書を誰が読むのか……?と思うものの、手にとって見るとこれが滅法面白い。妻を三度も寝取られた田舎の領主の裁判の記録からトランシルヴァニアの村の生活を復元していくという内容ですが、18世紀という「啓蒙の時代」にもかかわらず魔女の力に頼って恋を成就させようとする人物がいたり、浮気相手との情事にふける間見張りに立たされる村人がいるなど、コザールヴァールという小さな村の生々しい人間模様が浮かび上がってくるのが見どころ。この領主は妻を奪われた被害者であるにもかかわらず、領民から馬鹿にされているあたり「男の生き辛さ」のようなものも垣間見えるのが読んでいてなかなかつらいところですが、それでも読んでしまうのは著者の筆力のなせる業。 大きな歴史の流れを扱うものも良いですが、こうしたミクロな生活に着目する本ももっと増えてほしいものです。

 

柿沼陽平『劉備諸葛亮 「カネ勘定」の三国志

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 史実に基づいて等身大の劉備諸葛亮の人物像を記述している本。タイトル通り三国志の「カネ勘定」や経済事情にも比較的多く触れているのでこの時代の経済政策について知りたい方には得るところの多い内容ではないかと思います。諸葛亮の統制能力は超一流であったこと、その能力は蜀という国家を「軍事最優先国家」に仕立て上げることに使われたことなどが書かれていますが、蜀の民衆が外来者である諸葛亮から押し付けられた負担の大きさを思うと、あまり彼の人物を讃える気になれなくなったというのが正直なところです。どんな出来事にも表と裏というものがあり、蜀の外征の影にどんな苦労があったのか?を知るためには大いに役立つ一冊です。