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『決戦!新撰組』感想:シリーズ中でも読みやすい。幕末小説ファンにはおすすめの一冊

 

決戦!新選組

決戦!新選組

 

 

歴史アンソロジー小説の決戦!シリーズも読んだのはこれで5冊目になった。

ほぼ戦国時代を扱っているこのシリーズで幕末は異色だが、それだけに顔ぶれも少し異なっている。門井慶喜土橋章宏はこの本でしか書いていない。

 

内容も今までのように関ヶ原の戦いや長篠の戦といったひとつの戦いをいくつもの視点から書くというものではなく、隊士の視線から新撰組の活動を年代順に追うという構成になっている。その意味で従来のシリーズとは雰囲気が少し違うが、6人の作家の手で書かれる新撰組の姿はどれも魅力的だ。どの作品も普通知られている史実とはすこし異なる人物の描き方になっているので、ある程度新撰組に詳しい人のほうが楽しめるかもしれない。

 

以下はそれぞれの作品の寸評。

 

葉室麟『鬼火』

幼い頃にあるトラウマを負い、感情というものをなくした沖田総司が感情を取り戻すまでの物語。芹沢鴨との交流がメインだが、芹沢の行動が独自に解釈されている点が面白い。これなら芹沢が「乱暴者」である理由も納得がいく。本作の芹沢は魅力的な男で、本物の武士といった感じに書かれている。これだと芹沢を討ちに来た近藤や土方のほうが卑怯者という感じで、あまりいい感情を抱けなくなってしまいそうだ。

 

・門井慶喜『戦いを避ける』

近藤勇と彼が養子にした周平との関係を画いた物語。周平にはそれなりの剣の資質があったのかもしれないが、それがどれほどのものかは「現場」に立ち会ってみないとわからない……という話。池田屋事件をこういう「親子」の物語として描くものは今までなかったので新鮮だった。

 

・小松エメル『欠けた月』

主人公は藤堂平助。まだ若く、剣や識見などにおいても超一流とは言いがたいため、常に山南のように自分より優れたものを仰ぐ生き方をしてきた藤堂の生き様の哀しさを描いている。三谷幸喜の大河とは違って伊東甲子太郎が実に魅力的。しかしこれほどの好人物ではこの時代長生きできそうもない。

 

土橋章宏『決死剣』

 主義や思想よりもひたすら剣を磨くことを至上としている長倉新八のストーリー。全6編のうちこれが一番新撰組の戦闘や戦術を楽しめるのではないかと思う。しかしこのシリーズ、どうも近藤があまり冴えない描かれ方になっているのだが、作者間で人物像を統一するようにしてあるのだろうか。

 

天野純希『死にぞこないの剣』

他の作品ではなにを考えているかわからず不気味な感じだった斎藤一の本音が、 ここでようやく明かされる。斎藤は意外と熱い男で、松平容保のために尽くすと誓う男になっている。しかし結局蝦夷地で再起する夢を語る土方にはついてゆけず、斎藤は死に場所を失ってしまった。結局妻子を養うため新政府のために戦うことになる斎藤の境遇は、このアンソロジー中ではもっとも苦い。しかしこれもまた「生きる」ということである。

 

・木下昌輝『慈母のごとく』

「鬼の副長」として知られていた土方歳三がどうして「仏」といわれるほどに豹変することになったのか、を描く作品。他の作品ではあまりよい感じに描かれていなかった近藤勇の重要性が、ここにきてよくわかってくる。近藤なき新撰組を率いる土方は、皆を束ねるため「仏」にならざるをえなかった。置かれた立場が、人を鬼にも仏にもする。だが、結局土方は鬼としての自分も捨てきれない。蝦夷で壮絶な戦死を遂げた土方は、「士道の鬼」とでもいうべき存在だったろうか。