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【書評】出口治明『人類5000年史Ⅰ』呂不韋はソグド人だった……?

 

人類5000年史I: 紀元前の世界 (ちくま新書)

人類5000年史I: 紀元前の世界 (ちくま新書)

 

 

一年に一冊づつ刊行される予定らしく、現在2冊目まで発売されている出口治明氏の世界史通史。

1冊目のこの著書は手堅い通史でありつつ世界史の新知見も随所に盛り込まれていて、新書としてはかなり密度の濃い内容になっています。先史時代についての記述もおもしろく、ホモ・サピエンス旧人類を圧倒できたのは言語を用いて効率的な狩りや戦いができたから、脳が発達したのは火で肉を調理して消化しやすくすることで脳にエネルギーを回す余裕ができたから、といった人類史の知識も得られます。

 

マクニールの本などと比べると固有名詞がかなり多いので、知識ゼロの状態でこれを読むとなるときついでしょうが、高校世界史程度の知識がある程度あるなら、その次の段階としてこれを読むのもいいと思います。扱っている時代は人類の誕生からキリストが誕生する直前まで、となります。

 

ところで、本書を読み進めるうちにかなり気になる部分が出てきました。ちょっと引用します。

秦の名将軍、白起が趙を大破した翌年、その趙の都、邯鄲で、秦の公子に一人の子供が生まれました。名を正(『史記』では政、木簡では正)といいました。公子は人質生活を送っていましたが、ソグド系の気鋭の大商人、呂不韋が「奇貨居くべし」として援助を始めたのです。(p203)

 

呂不韋がソグド系の大商人……?この話は初耳です。こう書いているからには何か根拠があるはずですが、ぐぐってみてもなにも情報が出てきません。呂不韋がソグド系と書いてあるのは著者の出口氏のこの記事くらいでした。

 

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興亡の世界史 シルクロードと唐帝国 (講談社学術文庫)

興亡の世界史 シルクロードと唐帝国 (講談社学術文庫)

 

 

呂不韋がソグド系という情報はソグド三昧の『シルクロード唐帝国』にも書かれていなかったことですが、これ、なにか元ネタになる本などはあるのでしょうか。私にはちょっとわかりませんでした。

 

気になったので史記呂不韋列伝を読んでみたのですが、呂不韋とソグド人の共通点は商売が得意だったということ以外には特に見つけられませんでした。これだけでは呂不韋がソグド系だったという証拠にはならないので、何かほかに根拠があるはずなんですが……なお、史記には呂不韋の身体的特徴についての記述はなく、容姿の点からも呂不韋がソグド系だったかどうかは判別できません。

秦は戦国七雄では一番西に位置する国なので、ソグド人も住んでいたのかもしれませんが、呂不韋自身は陽翟の出身ということになっていて、ここは秦ではなく韓です。この時代の中原にソグド人が住んでいたかどうかは私にはわからないのですが、何かそういった学説があるのでしょうか。あるのなら知りたいところです。

 

ところで、始皇帝呂不韋の子かもしれないという話があることは多くの方が知っていると思います。もし仮に始皇帝呂不韋とかれの愛妾の子だったなら、始皇帝にもソグドの血が流れていることになるのか……?という疑問が出てきますが、本書では始皇帝の出自にまつわるスキャンダルは漢が始皇帝を貶めるためのひとつの形だ、と書かれています。

 

 

世界史リブレットの『安禄山』をみてみると、文字史料では古くは後漢とソグドの間に通行関係があったことを確認できるそうですが、これ以前の中国とソグドの関係はちょっとわかりません。ソグド人特有の姓として「安」「康」「石」「史」「何」などがありますが、呂はソグド姓ではないので、この点からも呂不韋が本当にソグド系なのかという疑問が残ります。

 

本書の巻末には参考文献が大量に載っているので、この中のどれかに書いてあることなのかもしれませんが、いずれにせよ呂不韋がソグド系であるということ、そもそもこの時代の中国にソグド人が存在したということも本書ではじめて読んだことなので、この話の出所がどこなのかは確認できませんでした。今はちょっと気力がありませんが、いずれ可能な範囲で参考文献を調べてみようかとは思っています。