明晰夢工房

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【感想】『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』

 

 

ゴールデンカムイ』のアイヌ語監修をつとめる中川裕氏がこの漫画を題材に、アイヌ文化を縦横に語り尽くす一冊。これはゴールデンカムイのファン、あるいはファンならずともアイヌ文化に関心を持つ人なら楽しめること間違いなし。野田サトル先生の描きおろし漫画も載っています。

 

ゴールデンカムイは博物館の資料にも使えるクオリティ

冒頭からページをめくっていたら途中に小樽市総合博物館館長からの寄稿文が目についたんですが、まずこれが驚き。館長の石川直章氏によると、『ゴールデンカムイ』における小樽の「治安が悪いが金の匂いがする町」という描写は歴史的に非常に正確なのだそうで、実際住民の35%が「職業不詳」であり、本州の食い詰め物が集まっていたのだそうです。

 

ゴールデンカムイの魅力のひとつは徹底した時代考証にありますが、小樽市の総合博物館でも展示の解説にこの漫画を使っています。それくらい、明治の北海道を正確に調べたうえで書かれているということです。

 

かつて、「『ゴールデンカムイ』の中の小樽」と銘打って、企画展示を行ったことがあります。そして、「昔の小樽はエネルギッシュな街で、たとえるなら現在の池袋みたいな街だったんだ」 という説明をするときに、「このことは『ゴールデンカムイ』にもきちんと描かれていますから、見てください」という仕方で解説しました。そうすると、ファンの方はすぐに納得してくださいました。

 

これくらい正確な内容になっているのは、この本の著者である中川裕氏がアイヌ語監修として協力しているからでもあります。当然、『ゴールデンカムイ』はアイヌ文化についてもかなり正確に描いています。この本では、漫画に出てくるアイヌ文化について『ゴールデンカムイ』を引用しつつ詳しく解説しています。以下、興味を惹かれた個所について紹介します。

 

「カムイ」とは何なのか 

カムイ=神というイメージがなんとなくありますが、実はこれはあまり正確ではありません。アイヌの世界観からすると、外を歩いている犬や猫、庭にやってくるカラスも雀もすべてカムイです。それだけでなく、家や船、鍋や茶碗、火などもすべてカムイなのです。

道具などもカムイなのでカムイ=自然でもなく、この世の中で何らかの活動をしていて、人間にできないようなことをしたり、人間の役に立ってくれるものをとくにカムイと認めている、ということです。このため本書ではカムイとは人間を取り巻く「環境」と表現しています。

 

カムイはカムイの世界では人間の姿をしていますが、人間の世界にやってくるときはクマやカラスなどの姿になります。クマのカムイは毛皮や肉、樹木のカムイは樹皮や木材などを人間へおみやげとして持ってくる、と考えるので、人間もまたカムイに感謝の言葉を述べ、お酒や米の団子などをカムイに捧げるということになります。人間とカムイはお互いを必要とするパートナー、ということです。

 

アシㇼパに狩りができる理由

ゴールデンカムイ』の魅力のひとつが狩猟シーンで、アシㇼパもまた優秀な狩人として描かれています。著者の中川氏は最初はアシㇼパの登場シーンで女の子が狩りをするの?と思ったそうですが、アイヌ社会では男と女の仕事が明確に分かれているのです。女性の仕事は山菜取りや裁縫、料理などで、狩りは男性の仕事です。なので、女性が狩りをしてはいけないタブーがアイヌにはあるのだと著者も最初は考えていたそうです。

 

ところが、実は兄たちが殺されてしまったためにアイヌの女性が狩りの名手に育てられるという資料が見つかったのです。松浦武四郎の『近世蝦夷人物誌』にも狩りをする女性の話が出てくるので、アイヌ女性が狩りをしてはいけないというタブーなどはないかもしれない、ということです。アシㇼパはあの年齢としてはかなり驚異的な能力を持っているようにみえますが、狩りをするアイヌ女性自体はいてもおかしくはないのです。 

言葉の重要性

アイヌは言葉の力を信じる人たちです。子供の魂をカムイに取られないように、オソマのようなわざと汚い名前を付けることがあります。言葉を重要視するアイヌは、紛争もまずは言葉で解決することになります。村の中で争いが起きたとき、あるいは村同士の間で争いが起きたときは、双方から代表者が出て「チャランケ」という一種の裁判を行います。チャランケには裁判官がいないので、双方が弁舌を戦わせ、どちらかがもう言うことがなくなるか、体力が尽きた時点で負けとなります。チャランケで勝つには知力、体力双方に優れていなくてはなりません。

これでも決着がつかなかった場合は、漫画にも出てくる制裁棒(ストゥ)を用いることになります。ストゥでそれぞれの背を叩き、どちらかが降参するまで交互にこれをくり返すのだそうですが、負けた方は勝った方の言い分をすべて飲まなくてはいけません。

アイヌの生食文化

ゴールデンカムイ』の中ではいろいろな動物の脳みそを生で食べていますが、アイヌは伝統的に、生で食べるものと食べてはいけないものをはっきり区別していたことも書かれています。クマの内臓や脳みそは生で食べますが、肉は絶対に生では食べません。クマの肉には旋毛虫という寄生虫がいますが、アイヌは経験的にそれを知っていたと考えられるのです。同様に、サケの肉もアニサキスが寄生していることがあるため、生では食べません。

著者はアイヌ料理もいろいろ食べていて、クマの腎臓や脳みそはとても美味しいものだそうです。クマの顔の肉はタラの白子のような味で、絶品とのことでした。

 

他にも面白い話題が満載

ここではごく一部しか紹介できませんでしたが、本書ではほかにも

 

アイヌと金の関係

・チタタプのつくり方

・アシㇼパのㇼが小さい理由

・「ヒンナ」の正しい使い方

ユーカラドラゴンボールの共通点

 

などなど、面白いトピックがたくさんあるので、これらに興味のある人はぜひ一度手に取ってみてほしいと思います。

saavedra.hatenablog.com

『交易の民』としてのアイヌの姿を知るには瀬川拓郎『アイヌ学入門』もおすすめです。