これはお見事。臼井城の戦いというマイナーな戦いを主題に持ってきた時点でまず目のつけどころがいい。歴史小説はどうしても結末がわかってしまうという枷をはめられていますが、この戦いは戦国マニアくらいしか知らないものなので、まず結末がわからない。自然、戦いの行く末が気になり、物語に没入しやすいわけです。
そして、特筆すべきはキャラクター造形の妙。本編の主人公となる「軍師」白井浄三は、我々が想像する竹中半兵衛や黒田官兵衛のような参謀的存在ではなく、易者なのです。浄三は吉凶を占うふりをしつつ、実は仕える主人に役立つアドバイスを占いの結果に混ぜて伝える、というタイプの「軍師」で、そもそもちゃんと易を習ったことすらない人物。道で行き合っただけの北条の将・松田孫太郎の未来を勝手に占い代金をふっかけるなど怪しさも満点。
人相風体もはなはだうさんくさく、普段ならとうてい信用になど値しない人物なのですが、臼井城救援のため北条氏政に派遣された将・松田孫太郎は、この小さな城を上杉謙信の大軍から守るため、この「軍師」を雇うことを決めるのです。
軍師が占師を兼ねているというこの設定は、実は史実にも則ったものです。小和田哲男『軍師・参謀』では、「観天望気」も軍師の重要な役割であることが述べられています。雲を見て吉凶を占ったり、天候を予測することも軍師の仕事のひとつだったのです。
この浄三のライバルとして登場するのが上杉謙信配下の若き将・河田長親。じつはこの長親と浄三には浅からぬ因縁があり、このことが物語の核心ともなっているのですが、ネタバレになるのでそれはここでは書きません。長親はライバルとしてかなり手ごわい存在であり、この怜悧な頭脳を持つ相手に「軍師」としてどう対応していくのか、も見どころのひとつとなっています。
そして、やはり注目されるのは満を持して登場する上杉謙信の描かれ方です。この謙信は確かに「正義の人」ではありますが、関東管領として自らに逆らう敵をことごとく討ち平らげようとする謙信は敵側からみればほぼ「災厄」でしかありません。たとえば、これは当時の史料にも書かれていることですが、謙信が小田城で行っていたとされる「人身売買」についてもこの作品ではふれられています。北条に協力するような領民は、こういう扱いを受けるのです。
臼井城の主である原胤貞のような国衆からすれば、謙信の正義などどうでもいいことで、北条であれ上杉であれ強い方につくだけです。そんな胤貞や頭の固い家臣たちのエゴにも悩まされつつ、浄三はさまざまな奇策を繰り出して上杉軍を翻弄しますが、結局数は力。謙信の大軍相手に臼井城の兵力で対抗するなど、しょせんは蟷螂の斧をふるうことでしかない。絶体絶命の窮地に追い込まれた浄三の打つ起死回生の一手とは、果たしてどういうものか?それは読んでのお楽しみです。
「小城で大軍を迎え撃つ」という本作のシチュエーションは『のぼうの城』にも似たものがありますが、『のぼうの城』が清涼感のある終わり方だったのにくらべ、『最低の軍師』のラストにはやや苦みが残ります。なぜ白井浄三が「最低の軍師」なのか、その意味がよくわかるラストになっているのですが、浄三がこの戦いで為したことのマクロな意味を考えれば、確かにこう言わなくてはいけないのかもしれません。しかし、これこそが浄三にふさわしい呼称なのでしょう。大義や建前なんてものは、この男は大嫌いなのだから。
さて、それはそれとして告知です。
— 簑輪諒@『千里の向こう』発売中 (@genkyo_kyogen) November 14, 2018
まず増刷情報ー! 『最低の軍師』『うつろ屋軍師』に増刷がかかりましたー! これで前者は7刷、後者は4刷でございます!
啓文堂文庫大賞効果すごすぎる……! ありがたい……! pic.twitter.com/g2ODuA2PVj
啓文堂文庫大賞を受賞して以来、『最低の軍師』じわじわと売れているようです。良い小説が売れるのはよいこと。こういう作品は今後も売れ続けてほしいものです。