明晰夢工房

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【感想】『世界をおどらせた地図 欲望と蛮勇が生んだ冒険の物語』は探検家列伝として読める本

 

世界をおどらせた地図

世界をおどらせた地図

 

 

ナショナルジオグラフィック社の『世界をまどわせた地図』の姉妹編ともいえる本が出た。前作同様この『世界をおどらせた地図』にもたくさんの地図が出てくるが、この本の主役は地図というよりはこれらの地図をつくった、あるいは地図に魅せられて前人未到の地へ旅立った探検家たちだ。

この『世界をおどらせた地図』には紀元前2450年のエジプト王から19世紀の南極探検家にいたるまで、古今東西の探検家・旅行家の業績を豊富なイラストや地図とともに紹介している。『世界をまどわせた地図』のようなトンデモ地図はこの本には出てこないが、それだけにこちらのほうが真面目な航海史の本として読める。

 

目次を見ていると、けっこう知らない探検家・航海者の名前が多いことに気づく。自分の探検家の知識が大航海時代に偏っているからだ。だがいつの時代にも探検家は存在する。アメリカ大陸を「発見」した人物は知られているのに、最初にオーストラリア大陸を目撃した東インド会社のウィレム・ヤンスゾーンや、はじめてこの大陸の地図を作ったアベル・タスマンの名はあまり知られていない。タスマンの地図はこの本にも載っているが、不完全ではあるものの描かれている部分はきわめて正確で、のちにジェームズ・クック東海岸の部分の地図を作るまでは100年以上もこの地域の地図の土台となっていた。

 

 時代が下って、18世紀にははじめて世界一周をなしとげた女性も登場する。ジャンヌ・バレは探検家ではないが、性別を偽ってフランスの科学者ブーガンヴィルの船に植物学者として乗り込んでいる。女性の乗船が禁止されていたこの時代において、彼女は男装して男たちと同じ仕事をこなすしかなかったが、個室が与えられていたためどうにか正体をあばかれずにすんでいたようだ。それでもタヒチにたどりついたとき、先住民はバレが女性だとすぐに見抜いたそうだ。

 

イスラームの大学者ビールーニーの業績も興味深い。かれは旅行家としても知られているが、最大の功績は地球の円周を計測する新しい手法を考え出したことだ。ユーラシア大陸が全世界の5分の2程度しか占めないことを発見したビールーニーは、ヨーロッパとアジアの間に大陸が存在すると考えた。これは理論から導き出したものでしかないが、結果的にビールーニーアメリカ大陸の存在を1037年の段階で予測していたことになる。くしくもこの数年前、ヴァイキングが西欧人としてはじめてアメリカ大陸に到達していた。

 

アジアの航海者として紹介されているのは鄭和だけだが、この本では「鄭和の航海図」なるものが紹介されている。南北アメリカ大陸も描かれているこの地図は、残念ながら17世紀初頭に作られたもののようだ。1459年にフラ・マウロが作った世界地図にはアフリカの南端を航海する中国の帆船が描かれており、これを鄭和の船と見る人もいるのだが、その証拠はない。実際に鄭和が到達したのはモザンビーク海峡あたりまでのようだ。鄭和アメリカまでたどり着いていた可能性はまずないだろう。

 

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なお、『世界をまどわせた地図』には中国の6世紀の僧慧深がたどりついたという「扶桑国」がアメリカ大陸を指しているという説が紹介されているが、真偽のほどはわからない。