このシリーズ、どうやらベストセラーになっているらしい。1日1ページづつ、1年かかけて読んで教養を身につけましょうというコンセプトで作られているが、そのうち一日1ページでは物足りなくなってもっとはやく読み終えるのではないだろうか。
「人物編」であるこの本、ひととおり眺めてみた感じではやはり西洋人が書いたものという印象で、取り上げられている人物がかなり西洋人に偏っている。古代ローマからはコリオラヌスのようなあまり有名とはいえない人物まで取り上げられているのに、古代中国でこの本に載っているのは漢代以前では孔子と老子、孟子、始皇帝だけだ。ちなみに日本人は紫式部と西郷隆盛のみ。文化人枠で日本から一人出すなら紫式部なのだろうか。『世界最初の長編小説家』はやはり強い?
この本では曜日ごとに取り上げる人物のカテゴリが決まっていて、木曜日は「悪人」をとりあげている。ちなみにコリオラヌスも「悪人」扱いだ。ローマを裏切りコルスキ族についたと解説されている人物だが、「悪人」カテゴリは「生前に悪者とされた人物、または歴史上悪者とされた人物」をとりあげている。
この定義ではどういう人物が「悪人」になるのかとページをめくっていくと、109日目でチンギス・ハンが「悪人」とされている。これは日本人からするとけっこう違和感のある評価ではないだろうか。「世界のほとんどでは、チンギス・ハンの名は残酷非道な戦術と結びつけられている」とこの本には書かれているが、杉山正明氏など日本のモンゴル史家は大いに反論したいところかもしれない。広い土地を征服し多くの人を殺したから悪人ならアレクサンドロス大王はどうなのかというと、この本では「指導者」カテゴリに入れられている。彼がエジプトからインドに至る広大な領域を征服したことは「とてつもない偉業」とも書かれているが、チンギス・ハンはこんなことは言ってもらえない。両者の扱いの差は、著者の歴史観を探るうえでは興味深いものではある。
この本ではチンギス・ハンは「アジアの諸都市に残忍な攻撃をしかけたことで悪名高かった」と書かれているが、モンゴル史家の杉山正明氏は『モンゴル帝国と長いその後』でチンギス・カンとモンゴル軍の「破壊行為」についてこう語っている。
ホラズム軍を追いかけるかたちで、ずるずるとホラーサーンに入ったモンゴル軍は、各都市ごとの抵抗にあっておもうにまかせず、無用な戦闘をくり返してモンゴル軍の損害も多くなった。その報復の意味もあって、一部で民衆の殺害もたしかにおこなった。これが後世になって拡大解釈され、「破壊者モンゴル」のイメージがあおりたてられた。
なお、ホラーサーンの低落は、チンギス・カンのためという「お話」が、かつてはよく語られた。しかし、その後のモンゴル時代やティムール帝国治下でも、諸都市は変わらずに健在であった。近代になって、交通体系や産業構造の変化などで衰えたのが、真相である。
この本における「タタールのくびき」についての見解はこちらのエントリでも紹介した。
そうしたいっぽう、バトゥ到来以後、ルーシは巨大な破壊と流血の嵐に襲われただけでなく、のちのちずっと野蛮なモンゴルに生き血をすわれ、とことんしゃぶられ尽くしたとされる。ルーシを牛にたとえ、その首にはめられた「くびき」をあやつって、主人顔にやりたい放題をくりかえす帰省中のモンゴルという図式・絵柄は、まことにわかりやすい。いわゆる「タタルのくびき」のお話である。
これは、ロシア帝国時代につくられた、自己正当化のためである。アレクサンドル・ネフスキー神話とタタルのくびきは、どう見ても二律背反である。そのどちらをも主張して平然としているのは、もちろんおかしなことだが、実はいずれも童話か御伽噺とでもおもえばそれまでである。この手のことを真剣にとりあげるのは、どこか無理がある。(p172)
モンゴルの「残虐性」についてはこのような見方も存在する。
この本ではアレクサンドロス大王の催した合同結婚式を「ギリシアとペルシャの調和を促す目的で行ったもの」と評価しているが、日本のギリシア史家はこの結婚式をどう評価しているだろうか。『アレクサンドロスの征服と神話』での森谷公俊氏の評価はこうである。
次に一般兵士の場合はどうだろうか。アレクサンドロスがアジア人女性と結婚した兵士に名前を届けるよう指示したところ、その数は約一万人にのぼった。これは民族融合政策だろうか。答えはここでも否である。これらの兵士は遠征に赴いた先で現地の女性と関係を持ち、彼女たちは兵士に付き従ってスーサにたどり着いたのである。アレクサンドロスは彼らを正式の夫婦として認めてやったにすぎず、言葉は悪いが「現地妻」の追認である。それゆえこれを大王の意図的な民族政策と見る必要はどこにもない。
かなり手厳しいが、この結婚式は「東西融合の証」とは評価できるものではなさそうだ。
ほかに「悪人」とされている人物をみていくと、赤毛のエイリーク、アッティラ王、ディオクレティアヌス帝、ジョン王、ヴラド串刺公、リチャード3世、メアリー1世、ウォルター・ローリーなどなどの名前が並んでいるのだが、なかには日本人からすると悪人なのか?と首をかしげるような人物もいる。ジョン王は有能ではなかったかもしれないが「悪人」というほどのイメージがないし、ウォルター・ローリーも探検家の印象しかないが、アメリカにタバコを広めたことが「悪」らしい。なんとなくだが、アッティラはチンギス・ハンと同じ枠に入れられている気がする。アラリックも悪人扱いであるあたり、ローマに侵入した異民族は悪だということだろうか。スパルタクスは「反逆者・改革者」扱いになっているあたり、ローマに楯突いたから「悪人」というわけではないようだ。
近代に入ると、「悪人」に挙げられるのはほぼ無法者になっていく。南北戦争後に強盗団を率いていたジェシー・ジェームズだとか、切り裂きジャックだとか、アル・カポネあたりは悪人扱いでもおかしくないだろうけれども、時代をさかのぼるほど現代の価値観で裁けないので悪人ってなんだ、という感じにはなってくる。古代でも文句なしに悪人といっていいのはアグリッピナくらいだろうか。 ローマ史家でこの人を弁護する人がいるのかどうか、ちょっとわからない。
ちなみに、本書で一番最後に取り上げられている「悪人」はラドヴァン・カラジッチだ。この人物に終身刑の確定判決が出たのは、日本でこの本の初版が出る直前の3月21のことである。