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【感想】金成隆一『ルポトランプ王国2 ラストベルト再訪』と南部白人の「ディープ・ストーリー」

 

ルポ トランプ王国2: ラストベルト再訪 (岩波新書)

ルポ トランプ王国2: ラストベルト再訪 (岩波新書)

 

 

前作に引き続き、大変読みごたえのあるルポだった。著者はラストベルトと郊外、バイブルベルトの3カ所を訪ね歩き多くのトランプ支持者へのインタビューを行っているが、できるだけ著者の主観を交えずに支持者の生の声を拾っているので、そこから「トランプ王国」の姿が立ちあがってくる。

 

どのインタビューも興味深いものだが、本書の中では2本のロング・インタビューが特に内容が濃い。これはアメリカの「今」を知るうえでは必読ではないかと思う。特に二人目のアーリー・ホックシールドのインタビューは、アメリカ南部の保守的な人々の心性をよく説明してくれている。

ホックシールドによれば、これらの保守派の人々の心の奥底に流れる「ディープ・ストーリー」が存在するという。これは、簡単に言えばアメリカン・ドリームの達成を黒人や女性・移民・難民などが邪魔してきたというものである。

 

そんな時に、誰かが前方で行列に割り込んだのが見えた気がしました。ディープ・ストーリーの第二幕です。おかしなことが前方で起きているように感じました。きちんと順番を待ちなさいと幼少期に教わったのに、それに反したことが起きた気がした。黒人や女性に対し、積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)などで、歴史的に阻まれていた雇用や教育への機会が用意されました。その結果、白人や男性はしわ寄せを受けた。続いて移民が行列への割り込みを始め、難民も加わり、公務員も横入りして必要以上の厚遇を受けているように見えた。しまいには海洋汚染の被害を受けた、油で汚れたペリカンまでもが環境保護政策によってヨタヨタと行列の前の方に加わり始めた。(p256)

 

そして最後には、高学歴者が列の最後に並んでいる自分たちを指して「お前たちは人種差別主義者だ」といっているような気がした、というのである。だがこの「ディープ・ストーリー」には抜け落ちている点がある。もともと彼らよりさらに列の後ろに並んでいた有色人種や貧困層のことが、このストーリーには書かれていない。白人が黒人や移民より先に並んでいたのは、政府に優遇されていたからだという事実をみたくないからである。トランプはかつてバーサー運動を展開し、オバマアメリカ大統領になる資格がないと宣伝していたが、これは「行列の先頭に立っている」オバマを列の最後尾に戻そうとする試みである。そしてトランプは「皆さんを列の前に入れてあげます」というメッセージを支持者に送ってきた。

 

とはいえ、トランプ支持者を人種差別主義者と呼ぶことにホックシールドは警鐘を鳴らしている。南部の人々はリベラル派が南部の白人を笑いものにする番組や、銃を持った若者がマクドナルドに入る姿を笑いものにするコメディアンを見ている。彼らはエリートから南部への偏見や、文化的な蔑みを受け取っているのである。このような人々に差別主義者とレッテルを張っても分断が深まるだけだとホックシールドは考え、積極的に南部の人々の声に耳を傾けてきた。その成果が、『壁の向こうの住人たち』にまとめられている。この本は全米でベストセラーになった。

 

壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き

壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き

 

 

 本書の6章ではバイブルベルトの住人へのインタビューを行っているが、中には「白人特権」という言葉に拒否反応を示す人もいる。それだけ苦労しているからである。PTSDを抱える戦場帰りの父と薬物依存症の母に育てられれば、自分になんの特権があるのかと疑問を持つのも当然だろう。自らを「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)」と蔑むほどに、白人でも貧困に苦しむ人は多く存在している。これらの人々に「あなたはマイノリティより列の先に並んでいたのだ」といったところで、その主張が受け入れられるのは困難だろう。

 

日本に置き換えてみれば、「男は生まれながらに特権をもっている」というジェンダー学者の主張を、貧困で苦しむ男性が受け入れられるかということである。白人は特権をもっているという主張に対し、インタビューに答えた人は「人種で判断しないでほしい」と言っていたが、男性特権という言葉に対して「生きづらさに性別は関係ない」といいたくなる人だっているに違いない。特権をもっているとされる人々でも、(少なくとも主観的には)苦労している人は多いのだ。ホックシールドが主張するように、これらの人々にも訴えかける政策が実現できなければ、「壁の向こうの住人たち」との対話は永遠に閉ざされたままになる。

 

民主党にも、「壁の向こう」に語りかける必要性を理解している人はいる。話は前後するが、本書の1章でマホニング郡の民主党委員長デビッド・ベトラスは「トランプや支持者を、人種差別主義者や外国人嫌い、バカなどと侮辱すれば、彼らは二度と民主党には戻らない」といっている。彼は民主党が労働者のための党から高等教育を受けたインテリのための党に変質したことをよく理解していて、少数派の権利擁護だけを前面に出していてはトランプに勝てないと主張している。

 

不満を抱く人々、(偏見や差別に)抑圧された側に立つ。それが民主党の存在意義です。でも、順番を間違えてはいけない。雇用や賃金などの労働問題は、万人にとって最大の関心事。これが中央になるべきです。夕食の卓上を想像してください。人工妊娠中絶や性的少数派の権利擁護、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)」運動など、今のリベラル派が重視する争点はどれも大切ですが、選挙ではメインではなく、サイドディッシュです。卓上の中央はつねに肉か魚で、労働者の雇用と賃金という経済問題であるべきです。トランプが「今晩のメインディッシュは大きくてジューシーなステーキです」と売り込んでいるときに、民主党は「メインはブロッコリー。健康にいい」といっているように聞こえてしまったのです。(p37) 

 

民主党支持からトランプに鞍替えした労働者の多くは自分をリベラルと認識していたわけではなく、最大の関心事は雇用と賃金だ。しかしシリコンバレーの超富裕層からもっとも献金を受けている今の民主党は、ブルーカラーの人々の雇用を最大の争点にしていない。だからデビッドは「両手を汚して働いている人に敬意を伝えるべきです」と説く。民主党がふたたび労働者のための党だと認識されれば、トランプ支持に回った人々の票を取り戻せるのだろうか。実のところ、ホックシールドが指摘しているように、トランプだって最低賃金を引き上げたわけでも、労働組合が活動しやすくしたわけでもない。ただ失業率はきわめて低く、景気がよいことがトランプ政権の追い風となっている。トランプが再選されるかには民主党が労働者階級に訴えかける候補を立てられるかどうかも影響するだろうが、それ以上に景気動向が決め手になるのかもしれない。