明晰夢工房

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【感想】情熱だけでは勝てなくなったときどの見つけた勝利法『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0 』

 

世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0

世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0

 

 

東大卒プロゲーマー・ときどの勝利法は、もともとは東大入試攻略法と似たようなものだった。格闘ゲームの新タイトルが出ると、できるだけ早くそのゲームの要点をつかみ、簡単で強い行動をくり返し、負けるリスクをできるだけ減らす。それはこの本でときど本人が書いているとおり、「メーカーから出された試験問題」を解くようなものだった。そのゲームではどのキャラが、どんな行動が強いのかをいち早く解析できたものが、しばらく先行者利益を独占できる。だから「合理的なだけでつまらない」と言われようと、ときどは誰よりも早くそのゲームを攻略することにこだわっていた。

 

だが、ときどはある時期からこのスタイルでは勝てなくなった。今はネット環境の整備により、新しい攻略方法はすぐ皆に共有されてしまう。プロの戦い方を誰でも動画で見ることができる。いち早くそのタイトルの「正解」をつかんだとしても、それを誰もが知ってしまうのだから他のプレイヤーと差別化することができなくなってしまうのだ。ときどが言うとおり、eスポーツの世界の変化はけた外れに早い。かつて有効だった「ときど式」は、まったく機能しなくなってしまった。

 

東大合格を目指すような、試験問題を解くようなやり方ではもう勝てない。変化の速いプロゲーマーの世界で生き残るには、決まった正解をみつけるのではなく、「自分だけの答え」をみつけるための努力が必要だ。ここで求められる「努力2.0」とかつてときどが行っていた努力1.0の違いについて、この本ではこのように説明している。

 

【①反復の法則】
 努力1.0 勝ちにこだわる →努力2.0 「負け」の中に答えがある
【②環境の法則】
努力1.0 一人でやる →努力2.0 ライバルは「敵ではない」
【③メンタルの法則】
努力1.0 情熱だけで乗り切る →努力2.0 心に「負荷をかけない」
【④継続の法則】
努力1.0 己に打ち勝って続ける →努力2.0 頑張りは「いらない」
【⑤Whyの法則】
努力1.0 レールにそって生きる →努力2.0 嫌なことは「やらない」
【⑥地力(じりき)の法則】
努力1.0 人と比較する →努力2.0 「自分史上最強」になる
 

 

この中で特に興味を惹かれたのは、3の「メンタルの法則」だ。ときどはこの本の3章で、できるだけ心に負荷をかけないことの重要性を強調している。体力同様、精神も使うと減るからだ。ときどは空手道場に通っているが、空手の師匠から根性に偏った努力は何ももたらさないことを学んだという。

 

 僕を支えている根っこはゲームに対する「情熱」です。子どものころから生活の中心は大好きなゲーム。勉強のモチベーションも、ゲームを思う存分遊びたいという欲求からスタートしています。中学に入ると強い相手と対戦したくてあちこちのゲームセンターに足を延ばすようになりました。初めて海外の大会に出たのは高校2年の夏休みのときのことです。ゲームを通して僕の世界は広がっていき、好きが高じてプロゲーマーになりました。ほとんど途切れることなく続くゲームへの「熱」と「想い」が今の自分を支えています。

 しかし、それだけで成果を上げられるのかというと、答えは「NO」といわざるを得ません。情熱はモチベーションや克己心、自制心など、心の作用の素になるものですが、心のエネルギーは無限ではないからです。時間や労働力と同じで「有限のリソース」なのです。
当然ですが、無茶な使い方をすれば必ず反動が来ます。心のバランスを崩したり、燃え尽きてしまう。
 僕にとっての強いメンタルとは、プレッシャーのかかる場面でも、普段通りのプレイができること。そのために、自分にちょうどいい負荷のかけ方を知り、有限で貴重な「心のエネルギー」を、なるべく大切に使っていくことなのです。

 

情熱は勝つための必要条件であっても、十分条件ではない。精神論では勝てないことを悟ったときどは、ジム・レーヤー『メンタル・タフネス』を参考にしつつ、毎日睡眠時間や食事の回数、感動の回数などを記録しているという。こうして日常生活をつねにモニターしておくことで、自分の状況を客観的に把握でき、自分で自分をコーチングするような効果が生まれるとときどは主張している。

 

とはいえ、こうして自分自身のことを細かくチェックし、空手や筋トレで日々自分を鍛えることだってかなりキツいんじゃないか、と思えるかもしれない。根性論を否定してはいるものの、こうした努力を続けるのも容易ではないはずだ。やはりときどは生まれながら並外れた努力家であって、凡人には彼の真似などできないと思ってしまうかもしれない。だが、ときどは本人いわく「僕は極度の面倒くさがり」なのだという。そんなときどが、なぜこれだけの努力を継続できるのか。その秘密は、この本の4章に書かれている。

 

本書の4章で強調されているのは、ルーティン化だ。努力を続けるための秘訣は、意志力をできるだけ使わないこと。意志の力で努力するのではなく、続けざるを得ない仕組みを作ってしまうことで、怠け者でも努力を続けることができる。たとえばときどは、部屋にベッド以外の大きな家具を置かない。部屋にテレビやソファがあると快適な空間になり、ジムに行くのが面倒になるからだ。環境を整備し、日々の行動もできるだけルーティン化することで精神力の消費をふせぎ、ゲームに集中できるようになる。ゲームプレイに集中するため、ときどは筋力トレーニングはトレーナーに、納税については税理士に、契約関係はマネージャーに全て丸投げしている。努力のしかたは変わったが、努力はあくまで合理的にする、というときどの在り方自体は変わっていない。情熱は合理的な努力と組みあわせることで、より有効に機能する。

 

勝ち続けているプロゲーマーには、かならず独自の強みが存在する。天才的な資質を持つ選手もこの世界には多い。だがときどは自分自身を「飛び抜けた才能があるわけではありません。反応速度も人並み。奇抜な発想力はない。いわば凡人です」と分析している。それでも勝ち続けているのはなぜか。それは、ときどが「勝てる自分を作る努力法」を言語化できているからだ。才能だけで勝っているプレイヤーは、実は危うい。才能豊かなプレイヤーは自分が勝っている理由を言語化できていない。そういうプレイヤーは挫折経験が少ないまま突然壁にぶつかるので、そこでどう乗り越えていいかがわからない。一方、ときどのようなプレイヤーは凡人だけに壁にぶつかりやすく、それだけに壁を乗り越えた経験も多い。乗り越えた方法も言語化できている。だから世界の天才プレイヤーとも互角以上に戦える。

凡人も適切な努力を積み重ねれば秀才にはなれる。ときどの強みは秀才を極めつくしたところにあり、その方法はこの本で明確に言語化されている。天才には学べないが、秀才の努力法には大いに学べるところがある。できない状態からできる状態まで理詰めで持っていくのが秀才だからだ。本書『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0 』は、凡人が秀才になるための努力とは何か、凡人でも努力を継続するためには何をすればいいか、を考えるうえで大いに有益な一冊と思う。