明晰夢工房

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【感想】戊辰戦争で百姓がどう戦ったかよくわかる『百姓たちの幕末維新』

 

文庫 百姓たちの幕末維新 (草思社文庫)

文庫 百姓たちの幕末維新 (草思社文庫)

 

 

日本人の8割をしめた百姓たちは、幕末維新をどう戦い、生き抜いたのか。本書『百姓たちの幕末維新』を読めば、激動の時代を百姓たちがどうサバイバルしたかがよくわかる。帯にも書かれているとおり、武士だけを見ても幕末は見えてこない。本書では百姓の大多数を占めた中・下層の百姓にスポットを当て、庶民の目線から幕末という時代を描き出すことに成功している。

 

本書では「幕末維新」の範囲を広くとっていて、1830年代から1880年代までとしている。このため、4章までは村のしくみや一揆がなぜ起こるのか、村役人の活動などに費やされている。幕末の百姓の戦いについて知りたい読者は退屈してしまうかもしれないが、4章までを読めば江戸時代の百姓の実態を詳しく知ることができるので、この部分は実質「江戸時代の百姓概説」として読むことができる。そういう目でみれば、江戸時代の百姓は多くの者が副業をもっていたこと、年間一石(150キログラム)の米を食べていたことなど、意外な百姓の実態も知ることができる。

 

とはいえ、やはり本書のハイライトは5章『百姓たちの戊辰戦争』だ。この章では、東北戦線における百姓たちが戊辰戦争をどのように戦ったか、くわしく語られている。戊辰戦争では「農兵」として徴兵された百姓もいるが、この章で注目すべきは非戦闘員の「軍夫」だ。軍夫は武器弾薬や食料の運搬・陣地の構築などのため使役される人夫のことだが、戦地では軍夫とて命の危険にさらされる。握り飯を運びにいく途中、銃撃されれるものもいるし、敵に捕まるものもいる。「小便をしたいから」といって縄をゆるめてもらい、そのすきに逃げ出す軍夫もいるなど、映画のワンシーンのような記録も残っている。

 

ときに、軍夫は戦いに身を投じることもある。敵方の武士を討ち取った軍夫は首を持ち帰り、これを戦功の証拠としているが、この時代でもまだ戦国時代の作法が生きていたことがわかる。火器の重要性が高まっていた戊辰戦争でもこのような戦いをする者がいたことは興味深い。戦功をあげたものは武士のように大小の刀を差すことが許されるなど、戊辰戦争は百姓が「武士」になるチャンスのある場だったこともわかる。戊辰戦争が終わるとやがて武士という身分自体がなくなってしまうのだが、そんなことはこの時戦っていた百姓たちの想像のおよぶところではなかった。

 

もっとも、百姓たちが皆このように勇敢だったわけではない。本書では庄内藩で取りたてられた農兵の姿も書かれているが、かれらは急造の軍隊のためあまり頼りにならず、ときに略奪を行うこともある。時には同じ百姓の家にも火をかける。戊辰戦争において、百姓は加害者にも被害者にもなった。武士だけを見ていてはわからない戦場のリアルが、ここにはある。

 

百姓は農兵となることによって、戊辰戦争に主体的にかかわることになりました。なかには、武士に劣らず奮戦する者も現われました。しかし、その奮戦のなかには、同じ百姓身分の者の家に放火するという行為も含まれていたのです。

戊辰戦争において、百姓は単なる無力な被害者・犠牲者ではありませんでした。農兵として戦闘に参加し、軍夫として軍隊を支えたのです。しかし、そのことは百姓が加害者にもなったことを意味しています。戊辰戦争の持つこうした一面を重く受けとめる必要があるのではないでしょうか。

(p296-297)

 

saavedra.hatenablog.com

この本と同じ著者による『武士に「もの言う」百姓たち』は「訴訟社会」だった江戸時代を知ることのできる良書だ。