明晰夢工房

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【感想】映画『感染列島』はコロナ禍前後で評価が変わる

 

感染列島

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感染列島 [Blu-ray]

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最近ビフォーコロナ、アフターコロナという言葉をよく耳にする。コロナ禍前後では世界のありようが一変するとあちこちで言われる。となると、創作物の評価もコロナ禍前後で変わらざるをえない。日本における大規模なパンデミックを描いた『感染列島』は2009年に公開された作品だが、今観ると当時とはこちら側の受け止め方も変わりそうだ。

 

アマゾンのレビューを見てみると、この映画には批判的なレビューが少なくない。リアリティがない、設定に突っ込みどころが多い、という声が批判の多くを占める。確かにこの『感染列島』は世界観の作り込みに少々甘いところは感じられる。日本で100万人以上の死者が出ていて、物流も麻痺しかけているのになぜ病院はちゃんと機能しているのか、どうして東南アジアの感染者だけゾンビみたいな動きをするのか、などの疑問がすぐに浮かんでくる。感染源を突き止めるため、主人公に同行した学者はマスクもせずに手で口をふさぎながら感染者としゃべっている。それでいいのか、と素人でも一言いいたくなってくる。

 

だが、新型コロナウイルスの流行が始まってからは、この映画には肯定的な評価も多いようだ。現実が映画に追いついてきたせいだろうか。この映画のなかでも、スーパーでの買い占めや都市の封鎖、医療崩壊の様子などは描かれている。ただし、この作品内で流行しているウイルスは致死率60%以上というすさまじく毒性の高いものなので、日本は現実よりもはるかに悲惨なことになっている。都市は完全に封鎖され、内部では治安崩壊が起き、食料は自衛隊のヘリで届けられる。未知のウイルスがもたらす症状は目からの出血など見た目もグロテスクで、はっきり言ってホラー映画に近い。

今の日本の状況はこの『感染列島』を100倍くらい水で薄めたようなものだ。ロックダウンも行われていないし、封鎖された都市を自動車で強行突破する市民なども出てこない。この映画を観た後だと、コロナの流行などまだまだぬるいものだと思えてしまう。もちろん、本当はそうではないのだが。

 

コロナ禍にみまわれている今の日本から見ても、『感染列島』の世界はまだ現実からはかなり遠い。今の日本とは感染者数も死者数も比較にならないからだ。にもかかわらず、この映画にはある種のリアリティを感じられる部分もある。ひとつは現場の医師が疲弊する様子だ。この世界でも人工呼吸器は不足していて、多臓器不全に陥っていてもう助からない子供から人工呼吸器を外さなくてはいけない場面が出てくる。少しでも助かる可能性のある患者に用いるためだ。そうまでして助けようとした患者も、やはり助からない。努力を水の泡にされ、精神を壊された医師たちが、次々と現場を放棄していく。この場面には、恐ろしいほどの切迫感がある。院内感染が起き、命を落とす医師が出てくる描写もあるが、これも現実の世界でも起きていることだ。

 

もうひとつは、最初に鳥インフルエンザを出した養鶏場の経営者が世間から責められ、自殺してしまうところだ。日本の「空気」の犠牲者になった経営者の姿には、今現実にあちこちで起こっている感染者叩きが重なる。世間から「ケガレ」と扱われた人が居場所を失われていくこの描写は、今なら身近な問題として受け止めることができるだろう。この作品には、今の日本とシンクロしている部分が確かにある。

 

この『感染列島』は3月30日に、日本医師会の横倉会長が「この映画を通じて感染症の恐ろしさを国民の皆様に知っていただきたい」と推薦していた作品だ。この映画で知ることのできる感染症の恐ろしさとは何だろうか。新型コロナウイルスは、この映画の新型ウイルスに比べると致死率ははるかに低い。だが、ウイルスがもたらす医療崩壊の危険性、人々の絆を破壊する効果などは映画でも現実でも変わらない。そうした部分に着目するなら、この映画にも現実を先取りしていた部分は確かにあるのかもしれない。