明晰夢工房

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【麒麟がくる17話感想】そして、道三は伝説になった

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麒麟がくる』17回「長良川の対決」は大河ドラマ史上、長く語り継がれるであろう回になった。第1回からていねいに積み上げられた斎藤道三・高政父子の相克の物語は、ついにここに決着を見た。長良川河畔に鳴り響く陣太鼓のリズムが悲壮感を盛り上げ、一騎で高政の陣へ突進する道三の姿も鮮やかに目に焼き付く。脚本・音楽・映像のすべてが見事に決まっていた。

 

戦国の合戦で一騎打ちなど、まずありえない。それでも高政に一騎打ちを挑む道三に違和感を感じないのは、道三が高政に父殺しの汚名を着せる、という捨て身の策に出たことが描かれていたからだ。もともと、高政は道三を生け捕りにせよと命じていた。稲葉良通が指摘していたとおり、この戦いで父を死なせては外聞が悪い。信長にも弔い合戦の口実を与えかねない。それをわかっているからこそ、道三はなんとしても高政を挑発し、自分を討つよう仕向けなくてはならない。どうせ勝ち目のない戦なら、せめて高政に一生消えることのない業を背負ってもらわなくてはならないのだ。だからこそ、今わの際に道三は「勝ったのは道三だ」と勝ち誇っている。死ぬことで、お前に永遠に解けない呪いをかけてやったのだと。

 

だが、高政にとり「父殺し」の名は、単に汚名でしかないのだろうか。道三は高政の評判を地に落としたかっただけなのだろうか。道三の胸中はもっと複雑だったようにも思える。確かに、道三にとり高政は憎んで余りある相手だ。父は自分ではなく土岐頼芸だと言い張り、家督を譲ってやったのに愛息を二人も殺したのだから。

しかし、それでも高政が道三の息子であることに変わりはない。高政の行く末を考えると、大きな不安要素がある。信長の存在だ。道三は聖徳寺の会見以来、信長を高政よりはるかに高く評価している。みずからが夢見た「境のない大きな国」を作れるものがいるとすれば、それは信長だとも思っている。だが、信長が「大きな国」を作るなら、いずれ高政を滅ぼさなくてはならない。この事態を、道三が諸手をあげて歓迎しただろうか。

 

高政が信長にくらべ、明らかに力量不足であることを道三はよくわかっている。視聴者の目から見ても、高政土岐頼芸の言葉に乗せられて道三を実の父ではないと疑い、また稲葉良通にそそのかされて兄弟二人を暗殺するなど、狡猾な者たちに利用される場面が目立つ。不幸なのは、高政が父を否定すればするほど、あれほど嫌っていた道三の暗黒面がみずからの内に目覚めてしまうことだ。病気のふりをして二人の弟を招き謀殺する手口の悪辣さは、土岐頼満に茶をふるまい毒殺した道三のやり口にも劣らない。高政は頼芸を父と信じているにもかかわらず、その所業はしだいに道三に近づいていく。

だが、兄弟間の争いは戦国の世には珍しくない。兄弟は家督を争うライバルだからだ。しかし、いくら乱世でも父殺しは珍しい。武田信玄ですら父信虎を駿河に追放するにとどめている。父殺しをさせれば、高政の業は道三を上まわる。高政が道三を超える毒を持てば、信長も容易に太刀打ちできない。道三はみずからを犠牲にして、高政を「蝮の子」に仕立てたのではないか。高政がどう思っていようと、父を殺せば周りはやはりあれは蝮の子だと見る。土岐頼芸もひとかどの策謀家ではあったが、道三に追放される程度の存在でしかない。その程度の者の子に、美濃は任せられない。乱世を生き抜くには、高政は道三の子でなくてはならないのだ。最期に「わが子、高政」と呼びかけた道三は、この父のごとく狡猾でしぶとく、強かであれと言いたかったのかもしれない。

 

道三はみずからの血を受け継ぐ高政と、価値観を受け継ぐ信長とを残し、逝った。そしてもう一人、道三の志を知る十兵衛は明智荘を落ちのび、越前へと向かう。この三人はいずれも道三の後継者であり、三者三様の道三像を胸に抱いている。道三とは何者であったか。高政からすれば、土岐源氏の権威をないがしろにする下品な成り上がり者だ。信長から見れば、美濃の土台を作った畏怖すべき舅にして、一番の理解者。そして光秀にとっては、吝嗇だが嘘のない、偉大な主君。これらを総合すれば、典型的な戦国大名ということになる。道三の覇業は美濃一国を手にするところで終わったが、道半ばで倒れただけに、生きていればどれほどのことを成し得たかと想像したくなる。今後、信長も十兵衛も道三のやり残したことは何か、と己に問いかけつつ、残りの生を生きることになるだろう。道三の夢見た「大きな国」は、十兵衛のめざす「麒麟がくる国」と重なる。麒麟が世に現れ出るまで、道三は十兵衛の中で生き続ける。高政に討たれたことで、道三は「大きな国」の種子を地に撒いた。信長と十兵衛という稀有な天下の耕し手も得た。やはり、かれは勝者だったのだ。