明晰夢工房

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【感想】ケン・リュウ選『現代中国SFアンソロジー 月の光』

 

月の光 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

月の光 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

  • 作者:劉 慈欣
  • 発売日: 2020/03/18
  • メディア: ハードカバー
 

 

一言で中国SFといっても多様だ。とはいえ、中国ならではのSF作品というものもやはり存在する。当人もすぐれたSF作家であるケン・リュウが「わたしがその作品を楽しみ、注目に値すると考えた」作品を集めたこのアンソロジー作品集にも、中国史を題材とした作品がいくつか載っている。これらの作品は、SFファンだけでなく中国史に興味を持つ人も楽しめるものではないかと思う。

 

冒頭から2番目に収録されている『晋陽の雪』は、五代十国時代北漢を舞台にした作品だ。もちろんSFなのでただの歴史小説ではなく、この作品にはさまざまな未来のテクノロジーが登場する。かなり遊び心のある作品で、ライトセイバーレイバンのサングラスまで登場している。「網洛」という古代中国版インターネットのようなものも出てくる。これらの技術をもたらした「王爺」は実は未来人で、中国のオタク青年なのだが、この人物は数々の超兵器も開発していて、その力で南から迫る宗(宋?)の大軍とどうにか戦えている。

しかし、この青年がいる限り、北漢は宗と戦い続けなくてはならない。宗への降伏を願う官僚たちは主人公に王爺の暴走を止めるよう求めるが……というストーリー。ケン・リュウの解説によると、これは中国でいう「穿越」という中国のネットで書かれているタイムトラベル小説のことらしい。中国版なろう小説だろうか。ラストの展開を見ていると、これはどうやら「穿越」を皮肉ったもののようだ。未来人の知識を持っていても、都合よく事は運ばない。

 

始皇帝の休日』も中国史を題材としているが、これは統一国家をつくり、休暇を楽しむことにした始皇帝諸子百家がおすすめのゲームを推薦するという奇想天外なストーリーだ。農家は牧場物語を、論理を重んじる名家は逆転裁判を勧めるなど、それぞれの学派がすすめる作品がちゃんと学風と合っているのが可笑しい。儒家がすすめるのがザ・シムズだが、隣家を訪れると好感度が上がるシステムが「礼」に通じるということらしい。

丞相李斯がすすめるのがシヴィライゼーションだが、このゲームは冷酷かつ厳密に国を統治する必要があるため法家の精神にのっとっていると李斯は解説する。さて、始皇帝がこのゲームをプレイするとどうなるか。それは読んでのお楽しみだが、このプレイスタイルは始皇帝というよりCivのアイドルその人ではないのか?と思えるのも笑いどころか。オチの意味はよくわからなかったのだが、最後に出てくるゲームのタイトルを知っていればわかるのだろうか。いずれにせよ、PCゲームに通じている人であるほど楽しめる作品であることは間違いない。

 

宝樹『金色昔日』は70ページほどの作品だが密度が濃く、大河小説を一冊読み終えたかのような読後感を味わえる名作。基本は運命に翻弄される男女のラブストーリーだが、この世界では時間の流れが逆になっていて、ネットゲームや3D映画が過去のものとして扱われるSFならではの奇妙なノスタルジーも味わえる。

多くの政治家の名前が登場し、主人公は天安門事件などの歴史イベントにも巻き込まれるので、近代中国史の知識があればより楽しめるが、そんな知識はなくとも大きな歴史のうねりに巻き込まれる無力な一個人の人生の切なさ、やるせなさを存分に味わうことができる。主人公の若き日の恋愛模様を盛り上げる小道具として、東京ラブストーリーが出てくるはちょっと意外感があるが、懐かしくもある。この作者の作品はもっと読んでみたくなった。

 

国史とは関係ないが、表題作の『月の光』はやはり傑作。未来の自分自身から電話がかかってきて、悲惨な未来を回避するため新エネルギーを普及させるよう努めてほしいと依頼されるのだが……というストーリー。終始自分自身との携帯でのやり取りしかしていないが、もう一人の自分から告げられる「別の時間線の未来」が気になり、緊迫感あふれる展開が続く。これこそSFの醍醐味。大ヒット作『三体』の著者は短編の名手でもあることがよくわかる作品だった。