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【書評】岩波新書シリーズ中国の歴史3『草原の制覇 大モンゴルまで』

 

草原の制覇: 大モンゴルまで (岩波新書)

草原の制覇: 大モンゴルまで (岩波新書)

 

 

 王朝別の歴史記述を乗りこえるため、中国史を地域ごとに分けてマクロな視点からみていくシリーズの三冊目となる本。本書では鮮卑華北を征服した南北朝時代から隋唐、そして契丹から金、モンゴル時代にかけて、おもに中華世界の北の草原世界の勢力にスポットを当てている。

 

鮮卑契丹女真やモンゴルなど塞外民族はは中国史を語るうえで極めて重要な存在だ。匈奴帝国の誕生以来、これらの民族は中華王朝にとり重大な脅威であり、ときには中国の一部を征服もした。だが、これらの勢力には大きな弱点がある。それは、多くの部族の連合体であるため、君主の求心力がなくなれば、すぐにばらばらになってしまうことである。

 

この欠点を克服したのが契丹だった。このためか、本書では契丹にかなりのページが割かれている。建国者の耶律阿保機は、オルドを整備することで君主に権力を集中することに成功している。「オルド」とはもともとカガンの居所の天幕や、付き従う家臣の天幕群のことだが、制度としての「オルド」とは皇帝の天幕群に付随する新鋭軍団と、それを支える各種人間集団のこともさしている。

契丹のオルドは契丹人を中心とする遊牧民と、漢人など定住農耕民から組織され、成人男子を親衛隊に供出するしくみになっている。オルドの人数は皇帝が代替わりするごとに増えていき、契丹の末期には10万ほどの騎兵を動員可能だった。この強大な軍事力が皇帝に直属しているため、契丹の君主権は強力だった。

 

契丹はたんに軍事的に強かっただけでなく、文化面でもすぐれていた。契丹初期の遺跡からは、唐文化を受けつぐ壁画や副葬品が発見されているが、これらの水準は極めて高い。そして、契丹は多くの城郭都市をつくっているが、これらの都市はたんに中国建築を模したものではない。契丹都城では宮殿の正面が東を向いており、契丹人の太陽信仰を取り入れた作りになっている。遊牧王朝と中原文化の制度や文化を融合させているところに、契丹という国家の特徴がある。

契丹の文化を語るうえでは仏教も極めて重要だ。仏陀となるために修行中の菩薩が守るべき戒めを「菩薩戒」というが、契丹の皇帝にはこの菩薩戒を受戒した人物が三人もいる。道宗などはみずから経典の講義までおこなっていて、仏教の文献で「菩薩皇帝」と称えられている。モンゴルとラマ教のかかわりはよく知られているが、遊牧民と仏教の関係はすでに契丹においてはじまっていた。

 

これほど強大な契丹に対抗しなくてはならなかった宋はというと、実はこちらにも遊牧騎馬民族の雰囲気が濃厚にあった。宋は五代のうち三王朝を支配した沙陀突厥と連続性があり、太祖趙匡胤の父は後唐の李存勗の親衛隊に所属している。宋の太宗は契丹と戦うため親政しているが、宋のとった戦法も遊牧騎馬民族のそれを受けつぐものであった。

 

二度にわたる北宋の北方遠征は、いずれも相手の守りが手薄なうちに騎馬軍を中心とする大軍でもって幽州まで突撃し急襲する電撃作戦であった。そのうえ、戦闘の重要な局面では、平原での野戦を真っ向から挑んだのである。 こうした北宋軍の志向する戦術・戦法は、そもそも李克用以来の沙陀軍団のそれを濃密に受け継いだものだったことがよく分かる。しかし、騎射を得意とし機動力に富んだ遊牧騎馬軍団を主力とする契丹の軍隊に対しては、その効力に限界があった。結局は弱点を露呈した北宋軍が壊滅的な敗北を喫することになってしまったのである。(p107)

 

宋も騎馬軍を大いに活用していたとはいえ、やはりこの手の戦いでは契丹の方が上手だったようだ。結局、軍事力では契丹におよばない宋は、契丹と和議を結んで毎年銀と絹を支払うことになる。史上有名な澶淵の盟だ。この盟約は、この後100年以上にわたって両国の間に平和共存体制を確立した点で、画期的なものだと本書では評価されている。宋と契丹の関係は「文明と野蛮」などではなく、文明国同士の成熟した関係だった。

契丹と宋は、双方ともに誓書の内容を遵守した。国境地帯の政府出先機関や駐留部隊にまで誓書を守ることを徹底させ、両国の官吏が協力して国境を画定させた。国境の侵犯もめったに行われなかった。このように、両国が平和に共存していたしくみを著者は「澶淵体制」とよんでいる。この後、ユーラシア東方王朝間でさかんに盟約が結ばれているが、このような国際関係の基礎を作った澶淵の盟はやはり画期的だったといえる。

 

契丹国―遊牧の民キタイの王朝 (東方選書)

契丹国―遊牧の民キタイの王朝 (東方選書)

  • 作者:島田 正郎
  • 発売日: 2014/12/04
  • メディア: 単行本
 

 

これらの契丹の革新性について、本書では2章・3章で詳しく書かれている。日本ではモンゴル史の本は多く出ているが、契丹だけを扱ったものは少ない。だが以上みてきたように、契丹は中国史を語るうえでは極めて重要な国家だ。本書はこの国について知るための貴重な入門書としても使える一冊となっている。