明晰夢工房

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【感想】渡辺靖『白人ナショナリズム アメリカを揺るがす「文化的反動」』

 

 

ブラック・ライブズ・マター運動が全世界で盛り上がりをみせる中、タイムリーな新書が出た。本書『白人ナショナリズム アメリカを揺るがす「文化的反動」』を読めば、白人至上主義と自国第一主義の結びついた白人ナショナリズムの歴史とその現状、運動家たちの素顔、オルトライトやトランプ政権との関係性、白人ナショナリズムを捨てた人々のその後までを概観することができる。

 

一言で白人ナショナリズムといっても、これを掲げる団体は多様だ。SPLC(南部貧困法律センター)の分類によれば、反移民系が17団体、反LGBTQが49団体、反イスラム系が100団体、ネオナチ系が112団体など、さまざまな系統のものがある。中には「男性至上主義系」団体もあるそうだが、ここにはピックアップアーティスト(ナンパ師)が運営する団体も含まれている。

これだけ多様だとあまり統一性がなさそうに思えるが、ポリティカル・コレクトネスにより白人が圧迫されているという認識は白人ナショナリストの間で共通している。著者は第一章で白人至上主義団体の指導的存在とされるジャレド・テイラーが主催する雑誌『アメリカン・ルネサンス』年次会合を取材しその様子を書いているが、自分たちがリベラルな社会秩序の犠牲者であるという意識がこの会合を貫く通奏低音であるという。白人ナショナリストは『「多様性」は白人大虐殺の隠語だ』というスローガンを愛用し、多様性を推進する施策こそ差別的だと主張する。

 

意外なことに、これらの白人ナショナリストには日本人に好意的な人物が少なくない。ジャレド・テイラーは16歳までを日本で過ごした知日家だし、KKKの有力団体の最高幹部を務めたこともあるデイヴィッド・デュークは三島由紀夫の愛読者だ。米国自由党代表のウィリアム・ジョンソンは「白人ナショナリストの99パーセントは日本が好きです」と語る。作家ジョン・ダービシャーのように、日本の外国人材の受け入れ拡大を危惧する人物もいる。白人ナショナリストにとり、移民や難民が少なく、同質性の高い日本は良い社会と見えているようだ。「日本人は黒人やヒスパニックとは違い勤勉だからよい」と評価する人物もいる。

 

人はなぜ白人ナショナリストになるのか。ポリティカル・コレクトネスが席巻するアメリカ社会で、白人ナショナリストになるリスクは大きい。著者が取材した『アメリカン・ルネサンス』年次会合では、参加者の宿泊を断る業者も少なくない。アンティファのメンバーに尾行された参加者もいるという。にもかかわらず、学者や医師、弁護士、コンサルタントなど、社会的地位の高い人物が白人ナショナリストには少なくない。

本書によれば、たんに外見や生理的理由から他の人種を拒絶している白人ナショナリストは皆無だそうだ。上の世代では公民権運動が、下の世代ではアファーマティブ・アクションが白人ナショナリストになる主な契機である。これらポリティカル・コレクトネスを推進する政策は白人の自由をおびやかしており、言論統制であるととらえられている。それに加え、若者の場合は人間関係の不安定さも白人ナショナリズムに傾倒する理由になることがある。

 

果たして、自分たち白人は咎められ、赦しを請うだけの存在なのか。胸を張るべき伝統や血筋もあるのではないか。こうした感覚に個々人の経験が重なってナショナリズムに傾倒している場合が多いようである。若い世代では、友人や家族との関係が上手くいかず、社会的に孤立するなかで、オルトライトのオンライン・コミュニティなどに居場所を見出し、過激化してゆく場合も少なくない。(p118)

 

白人ナショナリズムのコミュニティに居場所を見つける人もいれば、逆に白人ナショナリズムと訣別する人々もいる、本書では、スキンヘッド系やネオナチ系の団体で活動していたティム・ザールの例を紹介している。ティムは17歳の夜、ハリウッドの路上で同性愛者の少年に暴行を加え、殺害したと信じて仲間とハイタッチを交わした経験を持つ。だがやがて結婚し、二歳半の息子が黒人をNワードで罵るのを見て衝撃を受けたザールは全米を旅行しつつ、次第に黒人やヒスパニック系とも親しくなっていったという。

その後ザールは白人ナショナリストの改心を促すために寛容博物館でボランティア活動をはじめるが、ここでかつて暴行を加えた同性愛者のマシュー・ボジャーと再会することになった。二人はしばらく気まずい関係に陥ったが、今はザールとボジャーは寛容博物館で一緒に活動している。まるで映画のような話だが、二人の和解と友情は実際にドキュメンタリー映画にもなっている。

ザールによれば、結婚や離婚、育児など人生の転機、年齢的には20代後半から30代前半頃が暴力的過激主義から目を覚ましやすい時期だ。ザール自身もこの時期に白人ナショナリズムから離れている。自分が活動していたころよりも今のほうがはるかに白人ナショナリスズムへの動員は容易だとザールは語っているが、「たとえ一人だけにでも変化をもたらすことができれば、自分の人生には価値がある」と信じて自分の経験を伝える活動を続けている。

 

ザールはトランプ氏の排外主義に批判的だが、同氏の支持者を「嘆かわしい(deplorable)人びと」と一蹴し、人種差別主義者、女性差別主義者、反同性愛者と結びつけるヒラリー・クリントンのようなリベラル派にも反撥している。「大切なことは人間を特定の属性ではなく、あくまで尊厳ある個人として捉え、共感を深めてゆくことです。それは政府が主導してうまくゆくものではありません」「相手を説教しようとしてはいけません。私の場合は「自分ですら変われたのだからあなたも変われる」と励ますようにしています」。(p170)