明晰夢工房

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【感想】じゃき『最凶の支援職【話術士】である俺は世界最強クランを従える』は今一番おすすめのなろう小説

 

 

一言でなろう小説といってもいろいろなものがあるんだな、というのが一読しての感想だった。本作『最強の支援職【話術士】である俺は世界最強クランを従える』は、タイトルに「最凶」と入っているのがポイントで、「最強」ではない。最初から無敵の強さを発揮できるわけではないものの、話術スキルは使いようによっては凶悪な支援効果をもたらすことができ、一気に戦局を逆転させることもできる。

タイトル通り、主人公ノエル・シュトーレンがついている職「話術士」は支援職だ。この世界ではどのジョブにつくかは生まれつきの才能で決まり、話術士は戦闘力が全ジョブの中で最弱という設定になっている。だが魔力消費なしに使える話術スキルはおもに仲間にバフ効果をもたらすので、うまく使えばパーティーの力を何倍にも高めることができる。このため、話術士にはスキルを臨機応変に使える頭脳が求められるが、ノエルの指示はいつも的確なので、司令塔として大いに活躍することになる。ノエル自身の力で敵を圧倒することはできないが、頭脳戦で着実に敵を詰めていく快感を読者は味わうことができる。敵側も簡単に負けてくれるわけではなく、さまざまなスキルを使ってくるのでバトルの駆け引きが楽しい。今一番バトルが熱いなろう小説といっても過言ではないだろう。無双系よりもむしろ戦術シミュレーションが好きな読者が楽しめる作品ではないだろうか。

 

作中でノエルが使っているスキルをいくつか紹介する。敵を停止させる「狼の咆哮(スタンハウル)」。裏切った仲間に対しては2秒しか効果がなかったが、これだけの時間動きを止められれば十分相手を制圧できる。「精神解法(ピアサポート)」は対象の精神を正常化させ気力を漲らせる。仲間を安心させるのにも使える。強力なのは「連環の計(アサルトコマンド)」で、パーティメンバーの全攻撃系スキルの威力を倍増させることができるが、効果が切れると対象者は一時的に行動不能に陥るので、使える場所が限られる。これらのスキルを使いこなしつつ、ノエルは仲間を強化しながら戦うことになる。ゲーム的なバトル描写に抵抗がない読者ならかなりのめりこめるはずだ。

 

スキルが豊富なだけでなく、本作ではジョブも豊富に用意されている。戦闘職の「戦士」や「弓使い」「格闘士」などおなじみな職業から、「斥候」のような隠術スキルを持つ職もあり、中には「傀儡師」のような変わり種もある。傀儡師は人形を操り戦うスキルと、人形とその武具を生産するスキルとを持ち、あらゆる戦闘に対応できる強みを持つ。ノエルは傀儡師のスキルを持つヒューゴ・コッぺリウスを仲間に入れたいと考えているが、1巻の時点ではこれは果たせていない。これらの職業はすべてに上位職があり、ランクが上がれば斥候からは乱波や断罪師などの職に就くことができる。ノエルは世界最強クランを作るため行動しているので、仲間がどんな職についていてどんなスキルを持っているのか、も読むうえでの楽しみにもなる。1巻で出会う斥候のアルマや刀剣士のコウガなど、新キャラが出てくるたびにこのキャラは何ができるのか、が知りたくなる仕組みになっている。

 

こう書くとこの作品はゲーム的なバトルを楽しみたい人のためのものなのかと思われそうだが、本作は小説としての作りもしっかりしている。「世界最強のクランを作る」というノエルの目的は一貫していてぶれることがないので、作品に安定感がある。序盤での仲間の裏切りや盗賊討伐依頼をこなした後のトラブル処理、ヤクザのガンビーノ組との駆け引き、そして刀剣士のコウガとの戦いなど、イベントを次々と起こして読者を飽きさせないところには作者の安定した力量を感じられる。キャラクターもしっかり作りこまれていて、書籍版はなろう版にはない脇役の過去エピソードも追加されている。いわゆる「なろう小説」に抵抗のある人にも、一度手に取ってみてほしい。

 

主人公のノエルの性格は好き嫌いがわかれるとこがかもしれない。本作では序盤でパーティーの仲間がノエルを裏切るのだが、これに対するノエルの報復がかなり苛烈だ。どんな報復かは読んで確かめてほしいが、本当に容赦がない。もっとも、これは探索者(冒険者みたいなもの)がそれだけ過酷な世界に生きているという世界観の描写でもあるだろう。加えて、ノエルは今の仲間にもかなり辛辣な言葉を浴びせる。仲間のほうに落ち度がある場合のことではあるし、信頼感が背後にあるうえでの台詞なので受け入れられないことはないが、抵抗がある人もいるかもしれない。これくらい言いたいことをはっきり言う主人公のほうがなろうでは受けるのだろうか、というメタな興味も持ちつつ読んでいたが、これは絶対に他人に媚びず妥協もしない、というノエルの芯の通った性格の表れでもある。自分をノエルに重ねられるなら気持ちいいかもしれない。

 

この作品を読んでいて、自分はなろう小説に対する見方がかなり変わった。もともとゲーム的な描写の多い小説は敬遠していたところがあったのだが、そうした要素もうまく使えば作品を大いに盛り上げられることがわかったからだ。やはりなんでも毛嫌いせず一度は読んでみたほうがいい。流行っているものにはそれなりの理由があることがよくわかる。

なぜなろう小説にはゲーム的な描写が多いのか。さまざまに解説されているが、読者視点から見れば、これは「ごほうび」を明確にするためだ。作中で手に入るスキルやアイテムなどは、ページをめくらせる牽引力になる。もちろん仲間が増えるのもごほうびだ。「世界最強クランを作る」が本作の目的である以上、ストーリーが進むごとに仲間も増えることになる。すると戦力が強化され、パーティー全体で使えるスキルも増える。文字しかないという小説の弱点を補うため、ウェブ小説という場では手に取ってもらうためにゲーム的要素を使う技術が発達したのではないだろうか。スキルがゲーム的に表現されることで、仲間のキャラが把握しやすくなるというメリットもある。『最凶の支援職【話術士】である俺は世界最強クランを従える』はこれらの要素をうまく使って読みやすく仕上げているファンタジーだ。

 

思えば、今でこそ本格ファンタジーのような扱いのロードス島戦記も、発売当時はゲーム的だと言われていたような気もする。もともとがTRPGなので当然だ。ロードス島戦記がゲーム的な要素を取り入れつつも小説としての土台がしっかりしていたのと同様に、本作も芯となるストーリーが堅牢で、その上にゲーム的な要素が乗っている形だ。この両方がそろわないと、今の小説家になろうでは戦えないのかもしれない。そういう意味では、ランキング一位も獲得した本作は小説家になろうの流行の最先端を知るきっかけにもなる。これを読めば、ウェブ小説というものの持つ可能性の広さも味わうことができるだろう。