明晰夢工房

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【感想】水野良『ロードス島戦記 誓約の宝冠1』は純然たる「戦記」になるか?

 

 

前作が神話や伝説だったとすれば、こちらは現実の歴史そのものというイメージになる。今回、ロードス島には英雄と呼べる人物はもういない。『ロードス島戦記』にはカシューやアシュラムやレオナーがいた。『ロードス島伝説』ではファーンやベルドやウォートが現役だった。今作にはこれらの人物に匹敵する者は出てこない。もちろん「ロードスの騎士」パーンももういない。加えて、ロードスの各地方を統べる国はどこも問題を抱えている。ロードスの現状については、ロードス全土の統一をたくらむフレイム王ディアスがこう語っている。

 

 わがフレイムは豊かになった。この国で暮らすことを誰もが誇りとしているであろう。だが、他国はそうではない。アラニアの領主は贅沢に溺れ退廃している。カノン王は貴族らの信任を得られず、国を治めることすらままならぬ。ヴァリスでは王国とファリス教団から二重の税を課され、領民は貧しい暮らしを送らざるをえない。モスは公王の座を巡って、相も変わらず分裂状態だ。そしてマーモは闇に魅入られ、邪悪に染まった……

 

「マーモが闇に魅入られた」は誇張で、実態は「闇の勢力も国の中に取りこんだ」といったところだ。主人公のマーモ王子ライルはゴブリンの上位種を従者にしているし、魔物使いのヘリーデは仲間だ。加えて実の兄がファラリス教団の神官になっているなど、他国には理解しがたい状況もあるが、別にマーモは闇の勢力などではなく、治安こそ悪いものの法と秩序はある程度根付いている。

 

だが、マーモについての言及を除けば、ディアスの発言はロードスの現状をほぼ正確に描写している。他国が混乱しているからフレイムがこれらの国を併合してロードスを統一すればいい、というのがディアスの言い分なのだが、実はディアスのこの姿勢はロードスの「平和システム」を破壊するものなのだ。

 

本作の冒頭では、ヴァリスの王城にロードスの六国の王が集い、千年の平和を共同宣言するところからはじまる。だが、この場に現れた大賢者ウォートは人間の理性などあまり信じてはおらず、「誓約の宝冠」の力によってロードスの平和を維持することを提唱する。この宝冠をかぶったものには禁忌の魔法がかかり、他国を侵略することができず、戴冠者が他国から攻められたら他の国に同盟の制約をかけることができる。宝冠の力でシステム的に平和を維持するのが、ウォートの考案した安全保障だった。

 

だが、フレイム王ディアスはこの宝冠を戴くことなく、他国への侵略を開始することになる。フレイム一国の実力はすでに他の五国をしのぐほどになっていたため、残る五国が同盟を結んだところで対抗できるか心もとない。千年続くはずだった平和は、わずか100年で終わってしまった。いや、むしろ100年もよくもったというべきかもしれない。「呪われた島」ではなくなったロードスからは魔物も消えつつあり、風と炎の砂漠は緑化が進んでいる。魔竜シューティングスターもとっくの昔に滅ぼされた。魔物や悪竜がいない世界では、人間同士の利害の対立がむき出しになる。それだけに、今作『ロードス島戦記 誓約の宝冠』は前作や前々作にくらべ、どこか生々しい。ファンタジー小説というより、フォーセリア世界の歴史小説を読んでいるような趣がある。今回は文字通り「戦記」をしばらくやることになりそうで、ダンジョン探索なんかする機会もなさそうだ。有名な遺跡はもう探索されてしまっていて、冒険者が活躍する余地も少なくなっている。

 

しかしだからといって、今作が完全に俗界の権力闘争になっているのかというと、そういうわけではない。主人公のライルがロードスの窮状を救うため、パーンの名を受け継いで「ロードスの騎士」を名乗ることになるからだ。ライルは正義感が強い熱血型の主人公で、パーンやスパークの系譜に連なる人物だが、この二人に比べてもやや幼く、剣技においてはマーモ騎士の姉にもかなわないくらいの腕前だ。だが熱意と行動力は人一倍で、初期のパーンに比べればいくらか頭も回る一面もある。今後の成長に期待できそうな主人公だ。

とはいえ、ライル一人では大したこともできない。「ロードスの騎士」の名乗りが実態を持つためには、パーンを知る者の助力が必要だ。そこでライルは帰らずの森に赴き、ディードリットの協力を仰ぐことになる。ディードリットには意外とあっさり会えるのに驚くが、ずっとこのシリーズを追いかけてきた読者からすれば、やはりディードリットの再登場は感慨深い。ディードリットは前作と今作をつなぐ最大のリンクであり、今後もずっとキーマンであり続けるはずだが、今のところまだライルのサポート役に徹している。活躍するのは次巻以降か、それともずっと陰で支える役回りになるか。

 

ライルに加え、もう一人の主人公ともいうべき存在がライルの兄ザイードだ。剣技に長け頭も切れるザイードは、ある思惑からフレイムに協力し、傭兵として対アラニア戦に参加することになる。この戦線では傭兵隊長から参謀としての役割を求められるザイードだが、このザイードに接近してくる人物がいる。魔術師のテューラだ。彼女は非力なので戦場で守ってほしいとザイードに懇願するが、このテューラの口を通じて読者は今のロードスの冒険者事情を知ることになる。先にも書いたように有名な遺跡はすでに探索されつくしていること、加えて魔術師は余っていること、師匠につく金がなければ仕事の紹介も受けられず傭兵になるしかない……などなど、魔術師業界の世知辛さをテューラは語る。こうしたビターさも、今作が「現実の歴史」の物語としての色が強いことの表れだ。

テューラが傭兵になっていたり、マイリー神官がザイードに協力し戦意高揚の呪文を使っていたりと、今作では魔法はほぼ対人間の戦争で使われている。魔法使いや神官は冒険者としてではなく、軍人として必要とされている。彼らはもう冒険者になることはないのだろうか。少なくともこの巻では魔物との戦いは一切ない。この物語は純然たる戦記として展開していくのだろうか?それもいいかもしれない。だが、それだけでは済まなさそうな要素が今作には出てくる。

 

前作の登場人物で今回も登場しているのはディードリットとリーフくらいだが、実はもう一人旧『ロードス島戦記』とリンクを持つ人物が本作には登場する。流行りのネタ?を取り入れたのか、ある超重要人物がこの時代の人物に〇〇しているのだ。実はこれが今作一番の不穏要素で、ここからファンタジー展開が強まっていく予感もある。この人物が平穏無事な生涯を終えることはおそらくあり得ず、下手をすればロードスに災厄をもたらす存在になりかねない。やはりこういう要素があってこそのロードス島戦記だ、と思わされる。ただ人間同士が争っているだけではこの物語は物足りない。この人物が次巻以降どうストーリーにかかわってくるか、注目していきたい。