明晰夢工房

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【感想】葉室麟『蛍草』

 

螢草 (双葉文庫)

螢草 (双葉文庫)

  • 作者:葉室 麟
  • 発売日: 2015/11/12
  • メディア: 文庫
 

 

葉室麟作品の中でも『蛍草』はもっともストーリーがシンプルな部類の作品だ。武家の娘が女中になり、世話になった優しい主人夫婦の恩に報いるため、主人の危機を救おうと奔走する。最後には胸のすく大団円が用意されている。葉室麟作品はどれもそうだが、読後感の良さは折り紙付きだ。この作品は一種の復讐譚であり、主人公は父を陥れた男の仇を討つことになるが、この結末に残酷な要素はない。

 

正直、いろいろなことが都合よく進み過ぎな感もなくはない。主人公の奈々が仕えていた市之進宅を追い出されてから、助けてくれる人々が次々と現れる。質屋のとよ、湧屋の権蔵、剣術指南役の五兵衛、学者の節斎などはそれぞれ一癖ある人物ではあり、出会った時点では一悶着あるものの、結局皆力を貸してくれる。奈々に想いを寄せる宗太郎ですら、恋心が報われないのをわかっていながら助けてくれる。奈々はわかりやすすぎるくらい善意の人々に囲まれている。が、本作ではそれが決して嫌味にならない。これらの脇役は読者の希望に沿って登場しているからだ。

 

心優しく、正しい志を持つ奈々は皆明が応援したくなるキャラクターだ。市之進の子供二人を育てるため野菜を売り歩き、市之進を陥れた政敵を討つため剣まで習う奈々にひどい目に合ってほしいと願う読者などいない。だから、この作品では徹頭徹尾読者がこうなってほしい、ということしか起こらない。ご都合主義であろうと、求められているものを書くのがプロだ。ここに意外性やどんでん返しはない。善人と悪人の区別も明確だ。善人は(一部を除いて)皆報われるし、悪は倒される。子供のころテレビで見ていたような、昔懐かしい人情時代劇の世界がここにある。

 

本作は『奈々の剣』と題してNHKでドラマ化されている。奈々を演じる清原伽耶をはじめ、市之進役の町田啓太、権蔵役の宇梶剛士などの俳優陣は原作の人物をほぼイメージ通りに演じている。