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森本公誠『東大寺のなりたち』に見る東大寺造立の社会的効果

 

東大寺のなりたち (岩波新書)

東大寺のなりたち (岩波新書)

  • 作者:森本 公誠
  • 発売日: 2018/06/21
  • メディア: 新書
 

 

ピラミッドのような巨大建築物は、建設のために多くの人手を必要とするため、雇用対策として建設されるという一面がある。大仏はどうだろうか。奈良の大仏の造立に参加した人物は五十一万数千人にのぼるといわれる。これらの人物のなかには浮浪人もかなり混じっていたらしい。東大寺総長である著者の見方はこうだ。

 

盧舎那仏とは『華厳経』に説く仏であり、『華厳経』は人々の苦しみを救おうとする菩薩のために説かれた経典である。聖武天皇が発願の詔のなかで、菩薩としての誓願を立てるとしているのは、華厳経にいう菩薩に自らを擬えているからである。菩薩の使命は苦悩する衆生の救いである。天皇にとって、それは民一人ひとりの救済を意味した。一枝の草、一把の土といった、たとえわずかな力であっても志があれば許すとしたのも、こうした趣旨に基づいている。

天皇がすべての民に参加を呼びかけた理由もここにあるが、実はそれだけでなく、造立事業にはいわば物心両面のもう一つの側面の解決策も加味されていた。つまり大仏造立にはとてつもない人手がいるが、その意味で造立は墾田永年私財法に続く浮浪人対策でもあったと見なされる。五十一万数千人という大仏造立に参加した役夫の人数がそれを物語っている。

 

墾田永年私財法に先立つ三世一身の法は口分田の不足を補う施策としてある程度効果はあったものの、やがて開墾した田が国有地にされるため働く意欲が萎えるという問題がったる。そこで墾田を私有財産にすることを認める墾田永年私財法の発布となったが、この法令では耕作者が戸籍上の公民である必要はない。このため、墾田永年私財法は浮浪民に生業を与えるという意味もあった。大仏の造立もまた墾田永年私財法と同じく、浮浪民対策の一環でもあったことになる。

 

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それなら古墳の造営にも浮浪民対策として行われたかと考えたくなるが、『考古学講義』では古墳の造営は首長による民衆への富の分配、ポトラッチだったと説明されている。たくわえた富を吐き出さなければ政権を維持できない古墳時代倭王の権力は、まがりなりにも官僚を使役していた奈良時代天皇にくらべかなり脆弱なものだったようだ。