明晰夢工房

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オオカミはどんな過程を経てイヌになったのか?アリス・ロバーツ『飼いならす──世界を変えた10種の動植物』

 

飼いならす――世界を変えた10種の動植物

飼いならす――世界を変えた10種の動植物

 

 

イヌと人間とのかかわりは、従来思われていたより古いようだ。この本ではアルタイ山脈のラズボイニクヤ洞窟でみつかった動物の頭蓋骨を紹介しているが、3万3000年前のこの頭蓋骨にはオオカミに近い部分とイヌに近い部分とか混在していた。ロシアの科学者たちはこの頭蓋骨を、イヌの家畜化の最初期の例のひとつだった可能性が高いと結論づけた。

出土した場所から「ラズボ」と名づけられたこの動物のミトコンドリアDNAを分析した結果は、著者によれば「初期のイヌだったようにも見える」ものだという。イヌの起源をめぐる議論は今も活発に行われているが、オオカミが家畜化されイヌとなった時期が氷河期である可能性があることは確かなようだ。

 

もし氷河期にイヌが家畜化されたのだとすれば、どのようにしてそれが達成されたのかが関心の的になる。イヌはタイリクオオカミが家畜化された生き物だが、オオカミはどのようにしてイヌに変わっていったのか。その過程を探るヒントを、この本ではキツネの世代交代に見出している。

 

ロシアの科学者ドミトリー・ベリャーエフの実験によれば、ギンギツネのなかからよく人に懐くものを選び、交配を重ねていくと、懐きやすい個体が増えていくことが明らかになった。1959年に始まったこの実験では、30世代目には半数のキツネが人に懐くようになり、2006年頃にはほぼすべてのキツネが人に懐いていた。変わったのは行動だけではない。毛の色が野生では見られない色になったものや、耳が垂れたものもいる。足が短くなったり、頭蓋が広がるという体格の変化も見られる。尻尾を振ったり鳴き声で人を誘ったりするキツネも出てくる。ギンギツネはオオカミに近い種だが、交配を繰り返すとイヌのような行動をとるようになるのだ。

 

では、太古の狩猟採集民も懐きやすいオオカミを選んで交配を続け、イヌを作り出したのだろうか。著者はその必要はなかったと推測する。一頭のオオカミが人と仲良くなれば、群れ全体もそのオオカミと同じ行動をとることが予想されるからだ。

 

狩猟採集民は、各世代でとくに友好的な10パーセントのキツネだけを交配させるという厳密な手順に従ったロシアの科学者たちと違って、選抜育種をする必要はなかった。イヌの祖先となったオオカミは、ある程度自主的な選択をしたのだろう。とりわけ友好的なオオカミだけが、ヒトのすぐそばで暮らせるほど気を許したのだ。オオカミの群れは家族で、互いに近縁関係にある。一頭が気を許しやすく、ヒトに対して友好的でさえあったとしたら、同じ群れのメンバーも同じ遺伝子と行動傾向をもっていた可能性が高い。すると、群れ全体が、群れの大半が、協力関係を築き上げたのではなかろうか。(p43)

 

人はどうやってオオカミと最初の関係を結んだのか。ここは想像するしかない。著者はアルタイ山脈に住み着いた狩猟採集民が、一か所に数か月とどまることでオオカミと交流する時間ができたと推測する。狩人の持ち帰った肉は用心深いオオカミが人に近づくきっかけになったかもしれず、攻撃性の低い個体ならそこから人との交流をはじめたかもしれない。

 

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人に慣れているオオカミはイヌとあまり変わりがないようにみえる。イヌの性質の一部は、間違いなくオオカミから受け継いだものだ。こんな交流が、3万年前のアルタイ山脈の狩猟民とオオカミの間にもあっただろうか。