書棚を見ていると世界史の書籍がかなりの冊数になったので、せっかくなので世界史を学んでみたいという方のためにおすすめの概説書を紹介してみることにしました。
なお、これから紹介する本は社会人が趣味として学ぶためのものを想定しています。たぶん高校生が読んでも受験勉強には役立ちませんので、そこはあらかじめご了承ください。
1.中公文庫(旧版) 世界の歴史シリーズ
シリーズの構成は以下のとおりです。
1 古代文明の発見 貝塚茂樹
2 ギリシアとローマ 村川堅太郎
3 中世ヨーロッパ 堀米庸三
4 唐とインド 塚本善隆
5 西域とイスラム 岩村忍
6 宋と元 宮崎市定
7 近代への序曲 松田智雄
8 絶対君主と人民 大野真弓
9 最期の東洋的社会 田村実造
10 フランス革命とナポレオン 桑原武夫
11 新大陸と太平洋 中屋健一
12 ブルジョワの世紀 井上幸治
13 帝国主義の時代 中山治一
14 第一次大戦後の世界 江口朴郎
15 ファシズムと第二次大戦 村瀬興雄
16 現代―人類の岐路 松本重治
村上春樹も愛読していたというシリーズですが、今はもう古本でしか手に入りません。
古代中国の貝塚茂樹、中世ヨーロッパの堀米庸三、宋と元の宮崎市定など著者の顔ぶれは錚々たるものですが、これらの著者の著作はもはや「古典」であって、内容としては古びている部分も少なくありません。
このシリーズの特色は、なんといってもリーダビリティーの高さにあります。
どの巻も読みやすさにはかなりの注意が払われていて、興味深いエピソードなどがたくさん盛り込まれており、歴史にあまり馴染みのない読者でもすんなりと入り込めるように工夫されています。13巻の『帝国主義の時代』は個人的にあまり興味の持てないところでしたが、それでも学生時代はかなりのめり込んで読んだことを覚えています。
なにしろ古いシリーズなので内容が政治史に偏っていて、あまり文化史・社会史的な内容が読めないきらいはありますが、そうしたものはまず政治史を抑えた上で肉付けするものだと思うので、そういう意味ではまずこれから読むのもいいかもしれません。ただし東南アジアについて独立した巻がなく、イスラムやインド、アフリカなどについての記述が薄いため、その部分は他のシリーズで補う必要もあるかと思います。
個人的な一番のおすすめは6巻の『宋と元』です。宋代において中国では西洋に先んじて「東洋のルネサンス」が起こったというのが東洋史学の泰斗・宮崎市定の主張ですが、これが読めるのが本書の醍醐味です。
2.中公文庫(新板)世界の歴史シリーズ
こちらは多くの図書館に収蔵されているので、知っている方も多いでしょう。
旧版に足りなかった部分を意識したのか、イスラム関連やインド史などもずいぶん充実し、ラテンアメリカやアフリカ史にも独立した巻があります。
シリーズ構成は以下の通り。
(1)人類の起原と古代オリエント [文庫]
(2)中華文明の誕生 [文庫]
(3)古代インドの文明と社会 [文庫]
(4)オリエント世界の発展 [文庫]
(5)ギリシアとローマ [文庫]
(6)隋唐帝国と古代朝鮮 [文庫]
(7)宋と中央ユーラシア [文庫]
(8)イスラーム世界の興隆 [文庫]
(9)大モンゴルの時代 [文庫]
(10)西ヨーロッパ世界の形成 [文庫]
(11)ビザンツとスラヴ [文庫]
(12)明清と李朝の時代 [文庫]
(13)東南アジアの伝統と発展 [文庫]
(14)ムガル帝国から英領インドへ [文庫]
(15)成熟のイスラーム社会 [文庫]
(16)ルネサンスと地中海 [文庫]
(17)ヨーロッパ近世の開花 [文庫]
(18)ラテンアメリカ文明の興亡 [文庫]
(19)中華帝国の危機 [文庫]
(20)近代イスラームの挑戦 [文庫]
(21)アメリカとフランスの革命 [文庫]
(22)近代ヨーロッパの情熱と苦悩 [文庫]
(23)アメリカ合衆国の膨張 [文庫]
(24)アフリカの民族と社会 [文庫]
(25)アジアと欧米世界 [文庫]
(26)世界大戦と現代文化の開幕 [文庫]
(27)自立へ向かうアジア [文庫]
(28)第2次世界大戦から米ソ対立へ [文庫]
(29)冷戦と経済繁栄 [文庫]
(30)新世紀の世界と日本 [文庫]
ボリュームは旧版に比べて倍近くに増えていますし、イスラム史や東南アジア史・アフリカ史が少ないという旧版の弱点も克服されています。が、読みやすさに配慮されていた中公旧版に比べ、良くも悪くも巻ごとに著者の個性が強く出る内容になっており、巻によっては必ずしも世界史の入門書としてはおすすめしにくいものもあります。
たとえば10巻の『西ヨーロッパ世界の形成 』などは政治史の部分がかなり少なく、社会史や生活史が大部分を占めています。中世ヨーロッパの暮らしについて知りたい方にはいいでしょうが、中世ヨーロッパの政治史はこれでは理解できません。明らかに基本的な政治史を知っている読者向けです。中世ヨーロッパ史については中公旧版のほうがいいと思います
なにしろ巻数が多すぎて全部読めていないのですべてには言及できませんが、個人的おすすめの巻は3巻のインド史、8巻のイスラム史、11巻のビザンツ史、16巻のルネサンス史です。このあたりは手堅く読みやすい政治史の概説として利用できます。
また、特におすすめしたいのが25巻の『アジアと欧米世界』です。これは経済史の巻ですが、この巻は世界システム論を使って「なぜ世界は今のような姿なのか」を明快に記述しています。著者のひとりが『砂糖の世界史』の川北稔氏ですが、川北氏の担当している部分が本書の白眉です。
世界システム論では生産・流通・金融の全てにおいて他の中心国家を圧倒している国家を「ヘゲモニー国家」と読んでいますが、このヘゲモニー国家はオランダからイギリス、そしてアメリカへと移行したと言われています。本書で説明されるのはオランダの興隆とイギリスの台頭までですが、イギリスが「商業革命」「生活革命」「財政革命」という3つの「革命」を経て強国にのし上がる過程がわかりやすく解説されています。
生活革命の内容としてはコーヒーハウスの誕生や綿織物の普及などがあげられますが、とりわけ重要なのが砂糖入り紅茶を飲む習慣の定着です。イギリスがカリブ海で生産していた砂糖は「世界商品」としてヨーロッパに輸出され莫大な利益をもたらし、イギリスの経済的覇権を支えました。ナポレオンは一時大帝国を建設しましたが、それは本質的に陸上帝国であって、自由貿易で植民地を結び効率の良い海洋支配を行っているイギリスには敵し得なかったことも説明されています。この巻を読めば、歴史の見方が今までとかなり変わると思います。
三角貿易とイギリス史の関係については川北氏の『砂糖の世界史』でより詳しく学べます。これは名著です。
3.興亡の世界史シリーズ
興亡の世界史シリーズについては一度こちらのエントリで紹介しました。
このシリーズは『唐とシルクロード』のように比較的専門性の高いものもあり、必ずしも概説書として使えるものばかりではありませんが、『アレクサンドロスの征服と神話』はヘレニズム史、『オスマン帝国500年の平和』はオスマン帝国史、『ロシア・ロマノフ王朝の大地』はロシア史の通史として普通に使えます。未読ですが、『地中海世界とローマ帝国』もローマ史の著作の多い本村凌二氏の本なので手堅いだろうと思います。『通商国家カルタゴ』はカルタゴの通史なので、ローマ史とセットで学べばさらに面白さが増すと思います。
『モンゴル帝国と長いその後』は通史と言うよりは価値観の話が多いのであまり概説書としては向きませんし、モンゴル史を知るための最初の一冊としても適していません。『大英帝国という経験』はイギリス社会を様々な面から活写している好著ですが、これもまずは英国史を別の本で押さえてから読んだほうがいいものと思います。
4.マクニール『世界史』
- 作者: ウィリアム・H.マクニール,William H. McNeill,増田義郎,佐々木昭夫
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2008/01/25
- メディア: 文庫
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何年か前にこの本がずいぶん売れているというニュースを目にしましたが、この本には類書にはない大きな特徴があります。それは、「なぜ歴史がそのように動いたのか」ということを、可能な限り記述しているという点です。退屈な史実の羅列とは全く異なり、多くの史実の背後にどのような因果関係があるかを解説してくれるので、読んでいて飽きることがありません。私は今でもこれをよく読み返しています。
ただし、この本はアレクサンドロスやチンギス・カンのような英雄の活躍を読むための本ではありません。本書では歴史を技術の進歩や地理的環境から説明している部分が多く、歴史上の人物については最低限の解説しかされないので、この本を読んでも受験勉強にはおそらく役立ちません。英雄の伝記より『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』などが好きな方な向けです。
5.図説世界の歴史
- 作者: J.M.ロバーツ,見市雅俊,J.M. Roberts,東真理子
- 出版社/メーカー: 創元社
- 発売日: 2003/07
- メディア: 単行本
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これは個人的に一番おすすめのシリーズです。
文章が読みやすく、図盤が多いので視覚的にも理解しやすい。
全10巻と内容も多くはなく、なにより一人の著者が全巻を執筆しているので内容がぶれることがなく、読みやすさにもかなり配慮されていると思います。
ただし、著者がイギリス人であるためか、若干西洋中心主義的な雰囲気もなくはありません。たとえば4巻の『ビザンツ帝国とイスラーム文明』には、「モンゴル軍の目的は侵略と破壊というきわめて単純なものでした」という記述があります。おそらく日本のモンゴル史家ならこうは書かないでしょう。もっとも、モンゴルの征服によりユーラシアのほぼ全域に「パクス・モンゴリカ」が行き渡り、巨大な交易圏が成立したことにもきちんと触れられています。
難を言えば年号があまり書かれていないことくらいで、多くはない分量の中でイスラム史やインド史なども十分スペースを割かれていると思います。中国史については少々物足りなさは感じますが、中国史はそれだけで一ジャンルになってしまうのでこの分量では書ききれないのは仕方がないのでしょう。なお、8~10巻は近現代史の内容ですが、この3巻は立花隆氏が「日本の成人すべてに読んでほしい現代史3冊」と高く評価しています。
6.講談社『中国の歴史』シリーズ
中国史はスケールは大きいものの、本格的に世界史に連結されるのはモンゴル史のあたりからでしょうか。いずれにせよ、このシリーズは手堅い中国史の入門書として利用できます。この手の概説書ではたいてい三国時代は魏晋南北朝時代と一緒にされていますが、このシリーズでは珍しく三国志の巻が独立しています。4巻の『三国志の世界』の内容については以前こちらで紹介しました。が、これは史実の三国志を知るための入門書として最適です。saavedra.hatenablog.com
ただしこのシリーズも巻によって著者が違うため巻によってはそれなりに癖もあり、特に『疾駆する草原の征服者』などはモンゴル史家の杉山正明氏が書いているためか、遼の記述が巻の半分程度を占めています。もっとも、遼に関する本は少ないのでこれはこれで貴重でもあり、特に遼と五代の国家との関係などは私にはかなり楽しめました。杉山氏の著書や契丹族が好きな方になら間違いなくおすすめですが、そのぶん中華びいきの方には厳しいかもしれません。
疾駆する草原の征服者―遼 西夏 金 元 中国の歴史 (08)
- 作者: 杉山正明
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2005/10/21
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明・清時代と同時代のモンゴル・チベット史については『紫禁城の栄光』も参考になります。
7.世界全史
どれもこれも長すぎる、1冊でわかりやすく理解できる本はないのかという方にはこれがおすすめです。経済史に力が入っており、人物を書くよりも歴史上の出来事を因果関係でつないでいく描写の仕方はマクニールの世界史とも近いですが、こちらは日本人の著者のものなのでより読みやすい。イギリスの三角貿易が資本主義を生んだという描写も上記の『アジアと欧米世界』の内容とも重なり、コンパクトな分量で世界史の要点を的確に抑えています。
8.もういちど読む山川世界現代史
『アジアと欧米世界』は大英帝国成立までの歴史を世界システム論で語っていましたが、こちらは帝国主義以降の時代を世界システム論で解説しています。帝国主義というのも結局は「中心」諸国が自国国優位な経済システムを構築するために「周辺」諸国に低開発状態を押し付け、都合よく作り変えていくプロセスだったことがわかります。
9.世界史の誕生
これを概説書の範囲に入れていいのか迷いますが、これほど壮大な歴史観を文庫本一冊読めるのはお得なので紹介してしまいます。内容としては「遊牧民から見た世界史」とでも言うべきもので、モンゴル帝国が誕生したことにより東西の文明が連結されて初めて本当の「世界史」が誕生した、と説明されます。明の諸制度もモンゴルの真似であり、ロシアもピョートル大帝が登場するまではモンゴルの後継国家に過ぎなかった、という見方はややモンゴル贔屓がすぎるようにも見えますが、世界史における遊牧民の役割という観点も大事なので、価値のある一冊と思います。
10.山川出版社の世界歴史大系
このあたりになるとそろそろ概説書とも言えなくなるような気もしますが、国内で手に入るもっとも詳しい各国史はこれなので、国別の歴史を知りたい方にはおすすめです。高いぶんだけ内容も充実していて、コラムの内容も勉強になります。政治史が中心で文化史や社会史の記述は少ないですが、そのかわり政治史についてはかなり厚みのある内容になっています。上記のロシア史の巻はキエフ公国時代のロシア史について書かれている貴重な本で、類書が他にあまりないので紹介しました。
11.中公文庫の物語歴史シリーズ
世界歴史大系シリーズは内容は充実していますが、値段が高いですしイギリスやフランスなど大国の歴史がメインなので、もっとコンパクトな各国史が読みたい方にはこちらがおすすめです。このシリーズはマイナーな国や地域も多く取り上げているので、気になるところを読むだけでも面白いと思います。特にウクライナやカタロニアなど、あまりなじみのない地域のものの方が初めて知ることが多く読み応えがあります。定期的に刊行が続いているシリーズでもあり、今後もナイジェリアやオーストリアなどをテーマにしたものが出ます。
なお、『物語ドイツの歴史』は『ハーメルンの笛吹き男』など多くの名著をものしている阿部謹也氏が書いていますが、新書で読めるドイツの通史としては岩波の『ドイツ史10講』のほうが良い内容ですのでこちらも紹介しておきます。
10講シリーズはほかにイギリス史とフランス史がありますが、イギリス史10講は内容は良いものの、初心者がいきなりイギリス史の入門書として読むには少しハードルが高いように感じられました。イギリス史は海外の植民地との関係が深く、ブリテン島の歴史として完結しないので、『砂糖の世界史』などと併読するのがいいかと思います。中公新書の『物語イギリスの歴史』は上下巻に分かれていますが、これもかなり良い内容です。
新書で世界史の著作といえば出口治明氏が書いている『人類5000年史』もありますが、こちらはまだ3巻までしか刊行されていないので全体としてのレビューはまだできません。3巻までの書評はこちらに載せています。
12.教養のグローバル・ヒストリー
商業ネットワークから世界をを理解できる貴重な一冊です。『砂糖の世界史』の全時代版とでもいうべき内容で、これを読めば世界史の断片的な知識が交易ルートを通じてつながっていきます。バグダードを中心としたイスラーム・ネットワークが中国までつながっていたこと、モンゴル帝国のつくりあげたユーラシア・ネットワークがペストをヨーロッパに伝えたこと、明が朝貢体制を維持しつつ交易相手国をつくる育てるため琉球王国を育てたことなど、興味深いトピックが次々と出てくるので飽きません。商業がどう世界史を動かしたか、を知りたい方には最適な一冊となっています。
くわしい書評はこちら。
新書のシリーズとしては最近刊行がはじまった岩波新書のシリーズアメリカ合衆国史の内容も今後に期待できそうです。
岩波新書からは中国史の概説書の刊行も始まっていますが、こちらは従来の時代別の概説書とは違い地域に注目して叙述している意欲的なシリーズで、今のところは2冊ともよい内容になっています。
おまけ:図説も大事です
- 作者: 成瀬治,佐藤次高,木村靖二,岸本美緒,桑島良平
- 出版社/メーカー: 山川出版社
- 発売日: 1994/01/01
- メディア: 大型本
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世界史は日本史とちがって扱う世界が広いので、同時代に別の地域でなにが起こっていたか、というある種の空間把握能力みたいなものが必要になってきます。これは文章を読んでいるだけでは身につきません。そこで便利なのがこの図説です。時代ごとの各地域の国家や文明の勢力図がのっていて、年表も地域ごとに比較できるので便利です。この内容で781円(税別)はお得。
もうひとつおまけ:便利な人名辞典
世の中に人名辞典は数多くありますが、それらの多くは分厚くて手軽に利用できるようなものではなかったりします。その点この辞典はページ数も493ページと手頃で、一人あたりの解説も長くなりすぎない程度です。世界史上の人物の簡潔な人物伝集として読めるもので、名前しか知らないような人の人物像を肉付けする上でも役立ちます。