歴史アンソロジー集として8作目まで出版されている決戦!シリーズの最初の一冊。今はなき葉室麟がトリを務めていて、伊東潤や天野純希などこのシリーズの常連もここに顔を揃えている。関ヶ原の東軍の武将3人、西軍の武将4人を主人公とする短編が収録されているが、それぞれの作品間でキャラクターが統一されているわけではないので、あくまで別々の作品として読まなくてはいけない。
伊東潤『人を致して』の完成度はさすがで、これまでずっと自分の思う通りに事を進められなかった家康の苦悩と執念が余すところなく描かれている。三成の凄みも十分に表現されているため、楽しめる作品に仕上がっている。
読後感の爽快さが印象に残るのが吉川永青『笹を噛ませよ』。主人公は可児才蔵だが、井伊直政のいい人ぶりが清々しい。これは結末の決まっている歴史のなかにオリジナリティを出すことが求められる歴史小説のお手本のような作品だ。
天野純希望『有楽斎の城』は、武勇とは縁遠い有楽斎が必死に武功を求める様を描く秀作。およそ武将になど向いていない長益の背負ってきた苦悩を思うと重苦しい気分になってくるが、その名を有楽町として後世に残したことを思えば、彼の苦労も多少は報われたと言うべきだろうか。
葉室麟『孤狼なり』は石田三成の驚くべき策謀を描く傑作。なぜ小早川秀秋があのような行動をとったのか、そしてなぜ西軍が敗北したのかをこのような視点から書いた作品はこれが初めてではないか。詳細は読んでもらうしかないが、結末が同じでも解釈を変えることで新しい「歴史」を描くことができるということをこの作品は教えてくれる。時代小説の名手は歴史を書いてもやはり一流だった。
印象に残ったのはこの4作だったが、粒揃いだった『決戦!設楽原』に比べて多少当たり外れはあるように感じられた。とはいえ全体的にはやはり良く、このシリーズの最初の一作として十分に満足できる出来。
このシリーズでは『決戦!川中島』もおすすめです。