明晰夢工房

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映画『キングダム・オブ・ヘブン』感想:史劇ファン必見の超大作!

 

 まさしく重量級。村の鍛冶屋バリアンが騎士になりサラディンからのエルサレム防衛を任される、という王道の成長物語を軸に一騎打ちや道中の冒険や貴顕の女性とのロマンスなど、史劇に求められる要素全部乗せで展開される3時間超のこの作品はまさに空前の大作と言える。リドリー・スコット作品なので映像の美しさも折り紙付きで、ラスト付近のエルサレム攻城戦の迫力は圧巻だ。時代背景など何もわからなくてもエルサレムに押し寄せる津波のような大軍とトレビュシェットの投石、これを迎え撃つバリアンの奮闘を観るだけで元が取れるだろう。

 

作中で特に印象に残ったのは、塩野七生が『十字軍物語』で激賞しているエルサレム王・ボードワン4世の存在だ。らい病を患い顔を仮面で覆っている年若いこの賢王は、イスラムの隊商まで襲う狂犬のようなルノー・ド・シャティヨンとはまったく対照的な思慮深い人物だ。この人がもう少し長生きしていたならエルサレム王国ももう少し長持ちしていたかもしれない。

しかし、サラディンと対峙することになったのは好戦的で小物臭溢れるギー・ド・リュジニャンだった。主人公バリアンはこの王のもとでエルサレムサラディンから防衛すべく奮闘することになる。その結末はここには書かないが、悲惨な戦いの中においてサラディンの寛容さだけが唯一の救いとなっている、とだけ記しておく。なぜこの人物がキリスト教側からも尊敬を集めているのかがよくわかる。(逆に言えば、そのサラディンですらも許さなかったシャティヨンがいかにひどい人物だったかということでもある)

 

この作品の通奏低音は、異文化との共生なのだろう。バリアンはエルサレムで築きたかった「天の王国」の理想は必ずしも奇麗ごととはいえない。もともとエルサレムにはイスラム教徒が多数住んでいるのであって、 彼らも含めた王国づくりを考えるのはむしろ当然のことと言える。しかしボードワン4世が若くして逝ったことでエルサレム王国とサラディン軍との危うい均衡は破られてしまった。こうなっては結局、バリアンが言う通り「天の王国」は人々の心の中にある、と言うしかない。バリアンの理想が今なお実現していない現代においてこそ、この言葉は重く響く。