明晰夢工房

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【書評】岩波新書シリーズ日本中世史3『室町幕府と地方の社会』

 

室町幕府と地方の社会〈シリーズ日本中世史 3〉 (岩波新書)
 

 このコンパクトな分量で複雑な室町時代をカバーできるのだろうか?と思いつつ読んでみたらこれが非常にわかりやすい。前提として高校日本史くらいの知識は必要かもしれませんが、それさえあれば読み進められる内容だと思います。室町幕府の誕生から南北朝時代をへて応仁の乱にいたるまで政治史の流れを一通りおさえつつ、村の生活の様子、茶道や花道、和式の住宅様式などの「伝統文化」の誕生など民衆史や文化史までカバーする内容なので、室町時代の入門書として最適な一冊と思います。

 

なかでも注目したいのは、本書では鎌倉時代なかばから南北朝時代には農村の土地開発が飽和点に達していると何度も指摘されている点です。この「飽和状態」が、室町時代を理解するためのひとつのキーワードとなっています。

たとえば、新田義貞が箱根で足利尊氏に敗北すると京へ逃げ帰らなくてはいけなかったり、一度は都落ちした足利尊氏が九州で勢力を盛り返して京を取り返すなど、この時代はめまぐるしく勢力図が塗り替えられます。これは、武士が新たに土地を切り開くことができないため、とにかく勝ち馬に乗って所領を増やそうとするからだと考えられるのです。

 

また、守護の権限の拡大もこの「飽和状態」が原因です。室町時代には武士が限られたパイをめぐって土地争いを繰り広げていたので、紛争を収めるために刈田狼藉の取り締まりの権限や使節遵行権が守護に与えられます。室町初期には観応の擾乱で戦乱が長期化し、敗者側の土地を恩賞として配分する権限も守護に与えられることになったため、守護と武士の主従関係が強まり、守護は大名と化していくことになります。

さらに、農村同士のかかわりにもこの「飽和状態」が関係しています。室町時代には限られた土地をめぐって村同士が抗争をくり広げていましたが、中には5年にわたって戦い続けている農村も存在します。たとえば菅浦と大浦庄の住民の抗争はこのようなものです。

このときの抗争は二つの村の間にある山林の利用をめぐるいざこざに端を発した。琵琶湖岸の多くの村々が双方の応援に駆け付け、村に火を放つ、船を奪い合う、山で弓矢を打ち合うなどの衝突が繰り返された。菅浦の住人数人が犠牲になったが、それ以上の数の大浦住人も命を落とした。

このように、わずかな土地をめぐって命がけで戦っていたのが室町時代の農民です。室町時代の人たちが武士から庶民にいたるまでバーサーカー状態だったのは、この「飽和状態」が原因の一つとしてあげられそうです。

 

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本書ではここ20年ほどでめざましく進展している中世史の研究成果が反映されているので、ほかにも足利義満の公家化は天皇の位を簒奪する気があったからではなく、武家の力を借りて天皇の権威を復活させたい朝廷側と、足利家の権威を確立させたい義満の利害が一致しただけ、という興味深い見解も示されています。室町時代は戦乱が多いので政治史の流れは少し駆け足気味ではありますが、室町初期については『観応の擾乱』『後醍醐天皇』などを読むとより理解しやすくなると思います。

 

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