明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなどなど

ヴァイキングの歴史や文化を知るためのおすすめ本5冊

ヴィンランド・サガのアニメも始まるので、ヴァイキング関連で今まで読んだものの中からおすすめ本を紹介することにします。ヴァイキング本の中でもなるべく内容がかぶらないものを選んでみました。


1.図説ヴァイキングの歴史

 

図説 ヴァイキングの歴史

図説 ヴァイキングの歴史

 

ヴァイキングの歴史や交易、生活習慣など全体像について1冊で押さえるならこの本。古本でしか買えないのが残念ですが、ヴァイキングの遠征活動や社会の構成、ルーン碑文や生活までくわしく知ることができます。イングランドオークニー諸島アイルランドグリーンランド、ヴィンランドなどヴァイキングが活動した土地のことはすべて書かれているので、基礎的な知識をひととおり得るのには最適です。ヴァイキングの遠征については、「ヴァイキングは強力でよく組織された抵抗にあったりすると、イギリス諸島とフランでで味わったように、ほとんどいつも敗北しているのだ」と、意外なもろさも指摘しています。特筆すべきはイラストや写真の豊富さで、ヴァイキングの衣装や装飾品、馬具や造船の様子まですべてイラスト付きで解説されています。イラストはすべて専門家が監修しているので、ヴァイキングが角付き兜をかぶっているようなありがちな誤りは犯していません。


どうしても遠征や略奪のイメージが強いヴァイキングですが、この本では生活芸術や什器、衣服や食生活など、その日常生活の様子にもかなりページが割かれていて、北極海での狩猟の様子や錠前、照明器具、鍛冶師の道具などにもイラストや写真がついています。ここを読んでいると、ヴァイキングは職人・芸術家としても非常に高い能力を持っていたことがよくわかります。家屋のイラストも載っていますが、ヴァイキングはほぼスカイリムで見たものと同じ木造建築の家に住んでいたことがわかります。

 

このように、本書はイラストや写真が豊富であるほか、カラー地図も3枚収録されていてヴァイキングの活動範囲を視覚的にとらえることができます。90~91ページの地図を見ると、無人地帯から山岳地帯・ステップ地帯にいたるまで、当時知られていたほぼすべての地にヴァイキングが足跡を残していることがわかります。中央アジアで中国からやってきた隊商にも出会うなど、その活動範囲の広さは驚異的です。


2.サガとエッダの世界 アイスランドの歴史と文化

 

サガとエッダの世界―アイスランドの歴史と文化 (現代教養文庫)

サガとエッダの世界―アイスランドの歴史と文化 (現代教養文庫)

 

 
アイスランドヴァイキングの入植先のひとつとして有名ですが、アイスランドの特徴として、文芸が極めて盛んだったことがあげられます。この本ではアイスランドの歴史について簡潔に解説したのち、中世アイスランド文芸の中核をなすエッダとスカルド詩、そしてサガについて詳しく解説しています。本書によればアイスランドキリスト教化が政治的なもので、古い首長たちが異教的精神を持ち続けたことが、古ゲルマンの神話伝承にもとづく文学が盛んになった要因です。

エッダはアイスランド文学の一番古層に属するもので、アイスランドの政治家にして詩人スノッリ・ストゥルルソンが詩学の入門書としてまとめあげたものですが、古代ゲルマンの神話や伝承をくわしく伝えている貴重な文献です。本書ではこのエッダのうち神話詩篇箴言詩・英雄誌をかなり長く引用しています。

 

伝統的な詩であるエッダにくらべ、スカルド詩はより個人的な意識と技巧の産物といわれますが、両者の区別は必ずしも厳密ではありません。北欧社会では詩人が高い地位を占め、皆が豪族や貴族の出身ですが、アイスランドでもたくさんの詩人を輩出しています。本書ではアイスランドの代表的なスカルドのエギル・スカラグリムソンの事績や、北欧最初の恋愛詩人といわれるコルマクの詩を紹介していますが、これらの詩人の生涯はいずれも波瀾万丈で興味深いものです。

 

サガは散文文学ですが、アイスランドのサガは本書では「ほとんど近代小説に接近している」と評されるほど高度なもので、アイスランド文化の精華といえるものです。サガの特徴は、即物的・客観的な叙述スタイルにあり、娯楽に乏しい孤島のアイスランドではこのサガを集会や結婚式のときに語って楽しんでいたのです。この本の巻末はサガのひとつ『アイスランド人の書』の一部も収録されていますが、読んでみるとたしかに淡々とした歴史記述という雰囲気があります。このように、本書は北欧神話アイスランド文学について詳しいので、ヴァイキングの文化面について知りたい方にお勧めです。


3.ヴァイキングの歴史

  

ヴァイキングの歴史 (創元世界史ライブラリー)

ヴァイキングの歴史 (創元世界史ライブラリー)

 

 

本の帯に幸村誠さんが「この本がなければヴィンラド・サガは書けなかった」と書いているとおり、ヴァイキングの生活や社会について詳しく書かれています。ヴァイキングには獰猛な略奪者のようなイメージがありますが、この本ではヴァイキングの本来のあり方は「農民」だったことが強調されています。

もっとも、農民といってもこれは日本の百姓とはかなり異なります。サガのなかに出てくる「農民」とは定着経済を営むものということで、この「農民」は家族を維持するためにはあらゆる経済可能性を追求します。農業だけを生業とはしないので、彼らは牧畜や漁業も行うし、ときにはヴァイキング行へ出かけることもあります。略奪もまた、経済を補完するひとつの方法なのです。

 

「農民」が経済を成り立たせるためさまざまな生業に従事する北欧社会では、専業の商人というものも存在しません。この本の4章「商人なき交易」では、サガのなかで農民が行商に出ているケースがあることに言及しています。集会はビール売りの場として使われていましたが、ビールを作るのも専業の醸造者ではなく、やはり農民なのです。活動範囲が広いため「交易者」としても評価されがちなヴァイキングですが、交易や略奪、傭兵などの活動も農民として定着する前の富を得る手段であり、また農民となった後の経済を補充するためのものなのです。この「農民」としてのヴァイキング像を知ると、ヴァイキングのイメージも少し変わるかもしれません 。

 

このように「非分業の民」として生きていたヴァイキングですが、略奪活動には従士団が必要であるため、この集団が軍事的集団として発展するとかれらは農業から切り離され、政治的な上層となり小王や大豪族のような権力者に発展することになります。こうした動きの延長線上に統一王権が誕生することになりますが、これも略奪や交易を通じて富と力を蓄えから可能になることです。アイスランドではこうした流れが起こらず、ヴァイキングの「農民」としての性格が保存され続けていますが、この本ではアルシング(集会)を通じたアイスランド統治の仕組みについても詳しく書かれています。統一王権の存在しなかったアイスランドの社会は中世においてはかなり特異なものなので、アイスランドの社会や文化について知りたい方には特におすすめです。

 

4.消えたイングランド王国

 

消えたイングランド王国 (集英社新書)

消えたイングランド王国 (集英社新書)

 

 

 イングランド側からみたヴァイキングがいかに恐ろしい存在だったか、がよくわかる本。ノルマンディー公ウイリアムに征服される前のアングロサクソン人が統治する「オールド・イングランド」の歴史について書かれていますが、この本で取り上げられているのは「セカンド・ヴァイキング・エイジ」といわれる、デーン人侵攻が盛んになった980年以降の時代です。

このころ、イングランドを治めていたのはエゼルレッド無策王という不名誉なあだ名のついている人です。こんな名前をつけられているのは、デーン人の侵入におびえたエゼルレッドが「デーンゲルド」という貢納金を払っていたからです。はじめて支払ったデーンゲルドは銀で3.3トンにもなると言われますが、脅せば儲かると学習したデーン人はさらにイングランドへの攻勢を強めたので、エゼルレッドの狙った抑止効果は得られませんでした。

 

このような王の時代にも勇士はいます。エセックスのエアルルドマン(伯)ビュルフトノースは貢納金を拒否し、直属の家臣団を率いて圧倒的多数のオラーフ・トリグヴァクソン軍と戦っています。この「モルドンの戦い」は散文詩にその様子がくわしく書かれていますが、書いたのはビュルフトノースの従士のひとりともいわれています。戦いに参加した従士の名前が実名で書かれているからです。この戦いは悲劇的な結末に終わっていますが、アングロサクソン人の勇敢さは十分に発揮されています。

エゼルレッドの子、エドモンドも「豪勇王」のあだ名のとおりデーン人相手に奮戦しています。このエドモンドと戦っていたのがヴィンランド・サガで有名なクヌートで、クヌートとの4度目の会戦でエドモンドはクヌートに大きな打撃を与えています。のちにエドモンドとクヌートは休戦協定を結んでいますが、クヌートはエドモンドにかなり寛容な態度を示しています。まもなくエドモンドが死んでしまったためにイングランドはクヌートが単独で治めることになりますが、この本ではクヌートのイングランド統治に高い評価を与えています。

 

5.文明崩壊(上) 

文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)

文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)

 

 
マヤ文明やアナサジ族などさまざまな文明が衰退していく原因について考察している本。上巻では6・7・8章がヴァイキングの考察に充てられています。『銃・病原菌・鉄』の著者らしく、この本では自然環境や技術などからヴァイキングの衰退についてアプローチしています。7・8章ではとくにグリーンランドに入植したヴァイキングについて詳しく書かれていますが、この章はグリーンランドヴァイキングについて知りたい方はぜひ一度目を通してほしい内容です。

ジャレド・ダイアモンドの分析によれば、アイスランドとは違いグリーンランドヴァイキングが滅びてしまった原因のひとつは、森林破壊にあります。ヴァイキンググリーンランドに入植すると、牧草地を作るため森林を燃やして開墾しましたが、牧草地が増えて樹木が再生しなかったため、やがてヴァイキングは深刻な木材不足に悩むことになりました。

 

鉄を作るには木炭が必要で、木炭を作るには大量の樹木が必要とされます。木材が不足すると、鉄製の鎌や包丁、鋏などを作ることができません。これらの道具を石や骨で作るとなると、それだけ飼い葉の収穫や羊毛の刈り取りなどの効率は悪くなります。鉄製の武器や防具を作ることもできないので、先住民イヌイットとの戦いでも優位を保てなくなってしまいます。森林不足のもたらした鉄不足は、ヴァイキングの生活に大きな打撃を与えていました。グリーンランドでは木で作った釘やトナカイの角で作った鏃などが出土していますが、これらの出土品は当時のヴァイキングの苦境をしのばせます。

 

また、ヴァイキングの先住民への態度もグリーンランド衰退の原因のひとつに数えられます。グリーンランドヴァイキングははじめて遭遇したイヌイットに対し、暴力的な態度で臨みました。その後もヴァイキングイヌイットと友好関係を築いた形跡はありません。イヌイットは雪で家を作る技術やセイウチを狩る技術、カヤックを作る技術など、極北の世界を生きる上で有用な技術をたくさん持っています。このイヌイットと交流も交易も行わなかったヴァイキングは、イヌイットグリーンランドで生き抜くすべを学ぶことがなかったのです。アムンゼンイヌイットのやり方を学んで北極圏の探検に成功したことを考えると、新天地で生き抜くためにするべきことがおのずから見えてくるように思います。

 

saavedra.hatenablog.com

 

以上5冊紹介しましたが、以前このブログで紹介した『魚で始まる世界史』の第3章「ニシンとハンザ、オランダ」のなかでは、ヴァイキングの海外移住の背景としてニシンの回遊コースの変化があげられています。ここで紹介されているS・M・トインの説によると、ヴァイキングはたいてい地元のニシン漁が盛んだった地域に入植しているのだそうです。ニシンの回遊コースがノルウェー寄りだった時期はヴァイキングイングランド侵攻は減っているので、確かにニシンとヴァイキングの移動にはある程度の関係があるのかもしれません。ニシンに連れてヴァイキングが移動するということは、ヴァイキングの生活の中でも漁業が重要な部分を占めていたということを意味します。

 

この本ではヴァイキングに触れている箇所がそれほど多くないのでヴァイキング関連本としては紹介しませんが、ヴァイキングを含めた「魚食と世界史」の本としては非常に面白い内容なので、このテーマに関心のある方には強くおすすめしておきます。