明晰夢工房

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【感想】『図書館の大魔術師』3巻における「知性の多様性」

 

図書館の大魔術師(3) (アフタヌーンKC)

図書館の大魔術師(3) (アフタヌーンKC)

 

 

いよいよ司書試験が始まった。
第一次の筆記試験は2巻の終盤からすでに始まっているが、この試験は3日間個室に缶詰にされて行われる。
課題がやたら多くて、試験官が「途中で頭がおかしくなるものもいる」といっているあたり、どこか科挙を想起させるものがある。
シオの場合、村から一人しか合格者が出ないあたり、合格率も科挙と同じくらいなのだろうか。


しかし、司書試験はただ知識のみを問うものではない。
二次試験では面接が、三次試験では実技が待っている。
『図書館の大魔術師』3巻の前半は、三次の実技試験が主な内容になるが、ここにおけるキーパーソンは表紙に載っているナチカとオウガだ。
この二人は、司書試験に挑むだけあってそれぞれ頭はいいのだが、知性の使い方はまったく異なっている。
そしてこれこそが、実技試験を突破するためのカギになっている。


実技試験は、3人でチームを組んで行われる。
シオはナチカとオウガと班を組むことになるが、プライドが高いナチカは最初からほかの二人のことを見下している。
シオはくだらない理由で司書を目指すなといわれるし、クリーク族の血が入っていて露出度の高いオウガは痴女呼ばわりだ。
だがナチカの高慢な態度は自信の表れでもあり、彼女の広範な知識がなければこの試験を乗り切ることはできない。


この試験でシオたちに与えられた課題は「この本が作られた年代及び内容を示せ」だ。
ナチカは本の作られた年代を探るため、本の装飾に使われた道具をまず調べることを提案している。
ナチカの年代の測定方法は箔押しのために使われた道具の知識が必要だが、ナチカはこの知識を持っている。
正解を最短距離で導き出すための方法を、彼女は提案したのだ。


だが、本の内容まで調べるにはこの知識だけでは足りない。
何が書かれているか知るには語学の知識が必要になるが、必要な辞書をすべて確保するか、ほかのチームに貸すかでシオとナチカは口論になる。
険悪な雰囲気になりかけたところで仲裁に入るのがオウガだ。
オウガはクリーク族特有の視野の広さを生かし、試験官の様子を見て「この試験は回答以外も採点の対象になっている」と指摘する。
あえて競争相手に余っている辞書を貸す度量も評価されるかもしれない、ということだ。


こういうところが、司書試験が科挙と全然異なるところだ。
おそらく科挙のように記憶力が重要な試験なら、ナチカのような頭脳を持つものが最も有利だろう。
しかし、この実技試験はわざわざチームを組ませて行われている。
それは、異なるタイプの知性を組み合わせて課題にあたることが重要だからだろう。
最期に試験官が言っているとおり、この人い図書館で一人で仕事ができるものは誰もいない。
だからこそ、多くの民族の多様な知性のあり方が必要とされる。


この『図書館の大魔術師』3巻では、筆記においてヒューロン族以外の民族が優遇されていると説明されている。
これは、試験問題がすべてヒューロン語なので、他の民族が不利にならないようにするための配慮だ。
そのような配慮をして司書の民族が偏らないようにするのは、図書館がすべての民族の記憶を残す場所だからだろう。
「灰白色の死」が原因で民族同士が殺し合った時代には、殺戮を正当化するため、文化と歴史と言葉が否定された。
二度とそのような時代に戻さないため、各民族の歴史と文化を記した書物を収める図書館がつくられた。
そのような場所で働く司書には、当然民族の多様性が求められる。


しかし、限られた自治区を各民族が分け合い、どうにか強調して生きてきた時代も、中央図書館総代のコマコが老いてきたことで、終わりを告げようとしてる。
民族大戦の唯一の生き残りであるコマコがいなくなれば、戦争を知らない各民族の指導者が、それぞれの民族の利益のために動き出すとコマコは予想している。
そこで、各民族の心を繋ぐ者としての役割を、コマコはシオに期待している。
シオは民族大戦で虐殺をおこなったヒューロン族と、虐殺された側のホピ族の混血だ。
生まれ自体が「繋ぐ者」であるシオは、司書試験においてもライバルに辞書を貸したり、試験のヒントをラコタ族に訊いたりと、「繋ぐ者」としての役割を果たしている。
これは、2巻でシオが果たしてきた役割とまったく同じものだ。
そのシオは3巻にしてようやく司書になることができたが、ここに至ってようやく1章を終えたばかりだ。
シオのこれからの運命と、アトラトナン大陸の未来に今後も目が離せない。

 

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