明晰夢工房

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士農工商も赤穂浪士も教科書から消えていく『ここまで変わった日本史教科書』

 

ここまで変わった日本史教科書

ここまで変わった日本史教科書

 

 

これを読んでいると、かつて学んだ「日本史」の内容も少しづつ変わってきていることがわかる。今は「鎖国」という言葉も学習指導要領から消えているそうだ。この言葉自体は教科書にはまだまだ残っているが、長崎と津島、薩摩と松前という「4つの口」を通じて海外と交流があったこともあわせて記述されるようになっている。そして「鎖国」という言葉は幕末に海外との交渉を避けるために出てきたことも今の教科書は教えている。

 

綱吉の生類憐みの令の評価も教科書によって異なる。極端な動物愛護政策だと非難する教科書がある一方で、生命を尊重する価値観を定着させたと積極的に評価する教科書もある。磯田道史『徳川がつくった先進国日本』でも、綱吉の文治政治により「未開から文明への転換」が行われたと評価されているが、こうした綱吉観の変化は教科書にも確実に反映されている。

 

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士農工商という言葉も過去のものとなりつつある。今の小学校・中学校の教科書ではこの言葉を学習すべき用語として載せていない。現在の教科書では、江戸時代の身分を武士と百姓・町人のふたつに分けて説明している。百姓と町人は住んでいる場所によって分かれる。城下町に住んでいれば町人で、村に住んでいれば百姓ということだ。百姓の多くは農民ではあるが、漁業や林業にたずさわっている者もいるので百姓=農民ではない。士農工商の枠内に収まらない陰陽師や修験者、能楽師などの存在に言及する教科書も出てきている。

 

ほかにいくつか興味を惹かれた個所をあげると、まず後醍醐天皇が層の朱子学の影響を受けていたと記す教科書がある点。宋学の影響を受けて天命思想や革命思想を身につけた後醍醐がめざしたのは「中興」ではなく、天皇を主体とする「革命」だったという見方は兵頭裕己『後醍醐天皇』でも指摘されている。

 

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足利義満が王権簒奪を目指していたという見方もすでに克服されている。かつて高校の歴史教科書には義満が上皇になる野望を持っていたと書かれたことがあるが、王権簒奪説に多くの批判が加えられたことにより、今はこの説をふまえた記述は教科書にはない。

 

忠臣蔵も教科書から消えていく運命にあるようだ。赤穂事件を取り上げている中学校の歴史教科書はわずか6パーセントしかない。テレビでほとんど時代劇を放映しなくなっている現代では、忠臣蔵のことを知っている中高生はかなり少なくなっているが、その現状を反映しているのだろうか。

 

綱吉時代の起きた大事件といえば、誰もが「忠臣蔵」を思い浮かべる時代は過去のものになりつつある。歌舞伎・講談・浪曲、時代劇が庶民の歴史的教養の基礎をなしていた時代はもはや終わった。漫画やゲームに取り上げられない限り、子どもたちは関心を示さない。誰もが知っていたはずの「忠臣蔵」やその題材となった歴史的事件としての「赤穂事件」も例外ではない。(p124) 

 

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この本には「漫画やゲームに取り上げられない限り、子どもたちは(歴史上の事件に)関心を示さない」と書かれているが、今は漫画やゲームに加え、ユーチューブも教養コンテンツの入り口になりつつあるのかもしれない。今のところ、動画の教養コンテンツはクオリティに問題のあることも少なくないが、人々が教養を得ようとする場所が文字媒体から動画へシフトしていく流れ自体は止められないのではないだろうか。