なんと累計150万部を達成したシリーズ「中国の歴史」全12巻、ついに学術文庫で発売開始ですᕦ(ò_óˇ)ᕤ pic.twitter.com/iISrdGp16P
— 講談社学術文庫&選書メチエ (@kodansha_g) 2020年10月2日
日本だけでなく中国でもずいぶん売れた講談社の中国の歴史シリーズですが、いよいよ講談社学術文庫で文庫化が決まりました。
新品が手に入りにくく、中古価格も結構高くなってしまっている巻もあるのでこれは嬉しいところ。
現在1巻から3巻の『ファーストエンペラーの遺産』まで予約できるようになっています。
『ファーストエンペラーの遺産』の著者は映画『キングダム』の監修も務めている鶴間和幸氏で内容については安心できます。全464ページとこのシリーズの中でも分量が多めですが、これは記述がそれだけ詳しいからです。秦漢時代を扱った本は往々にして史記や漢書の内容紹介に終わりがちですが、この本では木簡や帛書など出土品の紹介も比較的多く、これらで史書の隙間を埋めようとする工夫も見られます。物語的な面白みを求めると外れるかもしれませんが、この時代を扱った概説書としては信用できるものと思います。
中国史の概説書は三国時代と魏晋南北朝時代が一緒に扱われているものが多いですが、講談社のシリーズでは三国時代が独立した巻になっています。4巻の『三国志の時代』がここですが、この巻は三国志のフィクションと史実の違いについて詳しく解説しているので、史実としての三国志入門としてはかなりおすすめできる内容になっています。邪馬台国についても一章を割いていて、「卑弥呼の使者は魏ではなく公孫氏に派遣された」など著者独自の見解もあるので、古代日本史に興味のある人にとっても面白いのではないかと思います。
三国志の「その後」の時代でもある魏晋南北朝時代を扱う『中華の崩壊と拡大』は、五胡が中華世界に侵入し、この世界の秩序が大いにかき混ぜられ再構築される過程を詳しく書いています。北朝については孝文帝の改革について一章が設けられ、鮮卑の旧習を捨て「中華」の皇帝を目指す帝の生涯を知ることができます。
南朝の政治史は比較的シンプルな感じですが、江南社会の描写について一章が割かれており、「山越」の住む領域だった江南世界が開発され次第に中華世界に組み込まれていく様子や、逆に漢人が「蛮」 化していく過程にもふれています。政治史と社会史のバランスがよく、この時代を知るうえで間違いのない一冊だと思います。
三国志の巻と5,6,7巻はかなり良い巻だと思いますが、8巻『疾駆する草原の征服者』は良くないわけではないですが、少々癖があります。遼と五代についての記述がかなり多く、そのぶん金や西夏についての記述がかなり少なめですが、日本では遼にくわしい本があまりないのでこれはこれで貴重ではあります。遼についての書きぶりもわりと情緒的というか、著者の思い入れが伝わってくる感じではありますが、無味乾燥な歴史書よりもいいといえばいいのかもしれません。
遼から元にいたるまでのコンパクトな通史なら岩波新書『草原の制覇』もおすすめです。こちらは金や西夏についても他の遊牧王朝と均等に取り上げています。
明・清時代を扱う『海と帝国』については読んでいないので語れませんが、タイトル通り中国史を海洋ネットワークの中で語る本のようで、これは同じ明清を扱う『紫禁城の栄光』ではあまり取り上げられていない一面なのでこちらを読む意義は大きいかと思います。
なお、『紫禁城の栄光』は海よりも内陸のモンゴル・チベット史について詳しい本です。
中国史の概説書はいろいろ読んでいますが、新しさとコンパクトさ、従来の断代史とは異なるなどの理由で今のところこのブログでは岩波新書の中国の歴史シリーズを一番推しています。とはいえ、新書はコンパクトなため各時代について詳しく知ることができないので、それぞれの時代の入門書としては講談社のシリーズのほうが使える面もあります。
読みやすさや物語的な面白さといった点から見れば陳舜臣『中国の歴史』はかなりおすすめですが、内容的には古びている部分もあります。モンゴルに対する見方なども中華よりであるため、杉山正明氏の本などを読んだ後では違和感を感じる部分はあるかもしれません。
なお、講談社学術文庫ではすでに旧『中国の歴史』シリーズが文庫化されています。発行年月日をみると1998~2004年とけっこう間が空いていますが、新シリーズの文庫化も数年はかかるのでしょうか?興亡の世界史シリーズも文庫化が2016年から2018年くらいまでかかっていますが、できれば来年中には全巻を文庫化してもらいたいところです。